ヘルスケア
新潟で心を整える旅——良寛の里の禅寺・庭園・水辺の静寂めぐり
良寛の里に学ぶ、新潟の「整える」旅
新潟と聞いて、信濃川のほとりや古町のにぎわいを思い浮かべる方は多いでしょう。けれど市街地から少し足を延ばせば、この土地にはもう一つ、静けさと内省のための顔があります。その象徴が、江戸時代後期にこの地で生きた禅僧・良寛(りょうかん)です。宝暦八年(1758年)、日本海に面した出雲崎(現在の三島郡出雲崎町)の回船問屋に生まれた良寛は、二十二歳で出家し、備中玉島(現在の岡山県倉敷市)の曹洞宗・円通寺で十年あまり厳しい禅の修行を積みました。やがて越後へ戻り、国上山(くがみやま)のふもとの小さな庵で、托鉢と座禅、漢詩と書に明け暮れる清貧の暮らしを二十年あまり送ります。名利を求めず、子どもと手まりに興じ、ただ静かに在ることを生き抜いた良寛——その「清貧と静けさ」を道しるべに、座禅・庭・水辺をめぐる、新潟のもう一つの旅をご案内します。
五合庵——良寛が二十年を過ごした清貧の庵
旅の入り口にふさわしいのが、燕市国上(くがみ)にそびえる国上山の中腹に建つ五合庵(ごごうあん)です。四十歳のころから約二十年、良寛がここで暮らしました。庵の名は、かつてこの庵を結んだ僧が日に米五合を給されたという話に由来すると伝わります。ひとりがやっと身を横たえられるほどの簡素な庵で、良寛は里へ托鉢に下りては子どもと遊び、夜は燈のもとで万葉集や漢籍を読み、座禅に静かな時を重ねました。今も山中にひっそりと建つこの庵の前に立つと、「何も持たないことの豊かさ」という良寛の生き方そのものが、しんと胸に迫ってきます。
五合庵を抱く国上寺(こくじょうじ)は、和銅二年(709年)の開創と伝わる越後最古の名刹で、真言宗豊山派の寺院です(禅寺ではありませんが、良寛ゆかりの地として親しまれています)。本堂に参り、木立に包まれた境内を歩けば、千三百年の時が積もった厳かな空気に出会えます。国上山には、五合庵から尾根伝いに「千眼堂吊り橋」や朝日山の展望地へと続く遊歩道が整い、越後平野と日本海を見はるかす眺めも開けます。坂道と石段の多い道のりですが、一歩ずつ足を運ぶこと自体が、良寛の歩いた道をたどる静かな瞑想になります。
慈光寺——杉並木の参道で禅と向き合う
本格的に禅の空気へ身を置きたいなら、五泉市の山あいにたたずむ慈光寺(じこうじ)へ。応永十年(1403年)に曹洞宗へ改められたこの寺は、雲洞庵・耕雲寺・種月寺とともに「越後曹洞宗四箇道場」のひとつに数えられた、由緒ある禅の修行道場です。本堂をはじめ禅堂・山門・回廊などが江戸時代の姿で残り、よく整った七堂伽藍をとどめる貴重な古刹として知られます。
この寺の白眉は、山門へ至る約五百メートルの杉並木の参道。樹齢三百年から五百年ともいわれる老杉が空を覆い、新潟県の天然記念物に指定されています。木洩れ日のさす苔むした道をゆっくり歩いていくと、外界の音が遠のき、自分の足音と鳥の声だけが残ります。歩くことがそのまま心を鎮める時間になる——禅でいう歩行禅にも通じる参道です。慈光寺では座禅や写経の体験、精進料理を味わえる場が設けられていますが、開催日・時間・料金・予約の要否は時期や行事によって変わり、休止することもあります。訪ねる前に必ず慈光寺の公式情報で最新の案内をご確認ください。 初めてなら、作法を一から教わりながら「ただ座る」時間に身をゆだねてみてください。
北方文化博物館の庭で、ただ眺める
座禅の張りつめた静けさとは別に、庭を前にして心をほどく時間も、新潟らしい過ごし方です。市街の東、江南区沢海(さわり)にある北方文化博物館は、越後を代表した豪農・伊藤家の旧邸を公開した施設で、その中心に見事な庭園が広がります。越後が生んだ庭匠・田中泰阿弥(たなかたいあみ)の手になる池泉回遊式庭園で、百畳敷の大広間に座ると、柱を額縁に見立てたように、庭の緑が一枚の絵のごとく目の前へ広がります。歩いて巡るのもよいのですが、ここではあえて畳に腰を下ろし、何分も「ただ眺める」ことをおすすめします。
庭は季節ごとに表情を変えます。四月下旬から五月上旬には、樹齢百五十年を超える大藤が藤色の房を垂らし、甘い香りで庭を満たします。十一月ごろには池をめぐる木々が一斉に色づき、大広間から望む紅葉は息をのむ美しさ。茶室でひと服いただきながら、移ろう光と水面を眺めていると、時間の流れがゆるやかにほどけていくのを感じます。良寛が庵から眺めた山河の静けさと、豪農が丹精した庭の静けさ——かたちは違えど、心を遊ばせる「余白」という一点で深く通じ合っています。
弥彦の杜に抱かれて
新潟の人々が古くから心を寄せてきた聖地が、弥彦村の越後一宮・彌彦神社(やひこじんじゃ)です。「おやひこさま」と親しまれ、創建から二千四百年以上とも伝わる古社で、日本最古の歌集・万葉集にもこの地が詠まれています。何より印象的なのは、社殿を包み込む豊かな鎮守の杜。樹齢を重ねた木々が頭上を覆い、玉砂利を踏んで進むほどに、ひんやりと澄んだ神聖な空気に身が引きしまります。早朝、人のまばらな時間に訪ねれば、鳥の声と、風が枝を渡る音だけの世界に出会えるでしょう。
背後にそびえる弥彦山(標高六三四メートル)は、越後平野で最初に朝日に照らされる山といわれ、山頂には御神廟が祀られています。麓から続く山道を一歩ずつ登っていく時間は、息と足の運びだけに意識を向ける、そのまま歩行の瞑想です。門前町のにぎわいに背を向け、杜と山の懐に身を置く半日は、頭の中の雑音を静かに洗い流してくれます。
水辺の静けさ——瓢湖と福島潟
新潟は、潟(かた)と呼ばれる水辺の多い土地です。鳥や水草を眺めながら、ただ移ろう景色に身をゆだねる——これもまた、この地ならではの「整える」時間です。
新潟市街から東へおよそ二十キロ、阿賀野市水原(すいばら)の瓢湖(ひょうこ)は、ラムサール条約に登録された白鳥の渡来地。十月ごろから三月にかけて数千羽のハクチョウが飛来し、十一月下旬には五千羽を超える日もあります。夜明けに一斉に飛び立ち、夕暮れにねぐらへ帰っていく群れの姿は、言葉を忘れて見入ってしまう静かな迫力です。夏には睡蓮やオニバスが水面を彩り、季節ごとにまったく違う顔を見せてくれます。
新潟市北区の福島潟は、約二百ヘクタールの広大な湿地です。日本最大の水草オニバスが自生する北限の地として知られ、初夏にはハスやオニバスの花が水面に開きます。水辺に立つ展望施設「ビュー福島潟」からは、潟と葦原、その向こうに連なる山並みを一望でき、刻々と変わる空と水の色をただ眺めているだけで、こわばった心がほどけていきます。
静かに過ごすための実用メモ
- 座禅会・写経は必ず公式確認を。 慈光寺をはじめ各寺の座禅・写経・精進料理は、開催日時・料金・予約の要否・初心者の可否が寺ごとに異なり、季節や行事で変わります。良寛ゆかりの寺も含め、足を運ぶ前にそれぞれの寺の公式情報で最新の案内を必ず確認しておくと安心です。
- 多くは郊外。移動に余裕を。 五合庵(燕市)、慈光寺(五泉市)、彌彦神社(弥彦村)、瓢湖(阿賀野市)は、いずれも新潟市街から離れた近郊・郊外にあり、車があると巡りやすい場所です。公共交通の場合は本数が限られるので、時刻を前もって調べておくと安心です。北方文化博物館(江南区)や福島潟(北区)は市内ですが、どちらも中心部からは離れています。
- 季節と時間を選ぶ。 白鳥は秋から冬、藤は晩春、紅葉は晩秋、オニバスは盛夏と、見どころは季節で大きく変わります。寺社や庭は、人の少ない早朝や開門直後ほど静けさが深まります。
- 静けさは「お借りするもの」。 寺も社も庭も、信仰や暮らしの現場です。私語を控え、撮影の可否を確かめ、足元はゆるく歩きやすい装いで。良寛が大切にした「何も持たない豊かさ」を思い浮かべながら、新潟の静けさにそっと身を浸してみてください。
この記事のエリアでヘルスケアを探す
RELATED COLUMNS
関連するコラム








