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松江の旬を味わう ― 宍道湖と日本海がつくる食の季節暦
松江の旬は「汽水湖」と「日本海」の二つの食卓から
松江の食を季節で語るとき、頭に入れておきたいのは、この街が二つの異なる水辺に抱かれているということです。市の中心に横たわる宍道湖(しんじこ)は、日本海とつながった全国でも有数の汽水湖。淡水と海水が混じり合う独特の環境が、ほかの土地では味わえない湖の幸を育みます。一方、北に控える島根半島の向こうは荒々しい日本海で、冬の荒波と寒暖の潮目が、身の締まった魚介を運んできます。
本稿では機械的に春夏秋冬を区切るのではなく、まず宍道湖の季節をたどり、続いて日本海と島根半島の幸へ、最後に出雲そばの食文化へと、松江の食の地図に沿って旬を案内していきます。
宍道湖が育む「七珍」と、その移ろう旬
松江の湖の幸を象徴するのが、古くから親しまれてきた宍道湖七珍(しんじこしっちん)です。スズキ・モロゲエビ(ヨシエビ)・ウナギ・アマサギ・シラウオ・コイ・シジミ(ヤマトシジミ)の七種で、頭文字をつなげた「スモウアシコシ」という語呂合わせで覚えるのが地元流。ここで面白いのは、アマサギが一般にいうワカサギの松江での呼び名だということです。同じ湖の七珍でも、旬は一年を通じてばらけています。
通年で水揚げされる主役がヤマトシジミ。宍道湖は全国屈指のシジミの産地で、味噌汁に落とすだけで旨みの濃い出汁が出ます。とりわけ身が肥える初夏の「土用しじみ」と、寒の時期に締まる冬の「寒しじみ」が美味とされ、地元では季節の節目に欠かせない味です。
春には、透き通った姿のシラウオが旬を迎えます。新鮮なものは生のまま、あるいは卵とじや天ぷらでいただくと、淡くも品のある甘みが立ちます。同じころ、産卵を控えて脂がのる冬から早春のアマサギ(ワカサギ)も、天ぷらや南蛮漬けで楽しめる時期です。
夏はウナギの季節。宍道湖の天然ウナギは脂と身のバランスがよく、蒲焼きで供されると湖の恵みの濃さを実感します。そして冬、湖の味覚の頂点に立つのがスズキです。寒い時期に脂をたくわえたスズキは、松江ならではの調理法で名物になりました。それが次に紹介する奉書焼きです。
不昧公が愛したスズキの奉書焼き
松江の旬料理として外せないのが、スズキの奉書焼きです。もとは漁師が焚き火の灰に埋めて蒸し焼きにしていたものを、松江藩七代藩主・松平治郷(不昧公/ふまいこう)が所望した際、灰がついたままでは失礼だと和紙の一種「奉書紙」に包んで献上したのが始まりと伝わります。以来、歴代藩主に愛された格式ある一皿となり、庶民の口に入るようになったのは後年のこと。スズキの脂がのる秋から冬にかけてが、この料理のいちばんの食べどきです。茶人としても知られた不昧公の存在は、後述する松江のそば・菓子文化にも通じています。
日本海と島根半島が運ぶ、夏と冬の海の幸
宍道湖を抜けて視線を北へ移すと、そこには日本海に面した島根半島が広がります。松江市側の美保関(みほのせき)や七類(しちるい)、沖泊(おきどまり)といった漁港には、定置網や巻き網で揚がる魚が水揚げされ、半島の沿岸は松江の海の台所になっています。ここで採れる海の幸には、夏と冬それぞれにはっきりした旬があります。
夏 ― 岩牡蠣と白イカ
冬の真牡蠣とは対照的に、岩牡蠣(いわがき)は春先から初夏に旬を迎えます。山陰の岩牡蠣は大ぶりで身が厚く、ぷりっとした食感とミルキーな濃厚さが身上。生で一気にすするのが醍醐味で、初夏の松江を訪れるなら見逃せない味覚です。
同じ夏、島根半島の沖に灯る漁火が告げるのが白イカ(ケンサキイカ)の季節です。七~八月が最盛期で、美保関や七類の港は夏の白イカ漁の拠点となります。透き通った身は刺身にすると甘くコリコリとした歯ごたえで、夏の夜の山陰の風物詩。獲れたてを味わえるのは産地ならではの贅沢です。
また、初夏から夏にかけてはトビウオ(地元では「あご」と呼びます)も旬を迎えます。このあごのすり身を太いちくわ状に焼き上げたあご野焼きは、古くから出雲・松江で親しまれる名産。香ばしく弾力のある練り物で、土産にも晩酌の肴にも向きます。
冬 ― 松葉ガニ・寒ブリ・ノドグロ
冬の山陰を代表する味覚といえば、まず松葉ガニ(ズワイガニの雄)です。例年おおむね十一月から翌三月が漁の解禁期間で、この時期に身も旨みも極まります。刺身、焼きガニ、カニすき、甲羅酒と楽しみ方は幅広く、冬の松江を彩る主役です。ただし松葉ガニの主な水揚げは境港(鳥取県)や浜田など山陰の各港で、松江が大きな水揚げ地というわけではありません。松江では「山陰を代表する冬の味覚を味わえる」と捉えるのが正確で、産地を松江と取り違えないようにしたいところです。
同じく冬の高級魚として知られるノドグロ(アカムツ)は、「白身魚のトロ」と称されるほど上品な脂が魅力。刺身でも焼き物でも煮付けでも旨みが際立ちます。こちらも浜田など島根県内の沖合が主な漁場で、松江で味わえる山陰の恵みのひとつです。脂を蓄えた寒ブリもまた、寒さが深まるほど旨みを増す冬の代表格です。
なお、隠岐諸島や境港など近隣の地名を松江の産地として語る情報も見かけますが、隠岐は島根県、境港は鳥取県と、いずれも松江そのものの水揚げ地ではありません。こうした帰属の違いを知っておくと、土地の食がより立体的に見えてきます。
旬をひと目で ― 松江の食の季節暦
季節ごとの目当てを大づかみにするなら、次のように整理できます。
| 季節 | 宍道湖(湖の幸) | 日本海・島根半島(海の幸) |
|---|---|---|
| 春 | シラウオ、アマサギ | 岩牡蠣(春先から) |
| 夏 | ウナギ、土用しじみ | 岩牡蠣、白イカ、あご(トビウオ) |
| 秋 | スズキ、モロゲエビ | ― |
| 冬 | 寒しじみ、スズキ(奉書焼き) | 松葉ガニ、寒ブリ、ノドグロ |
※ヤマトシジミは通年水揚げされ、初夏(土用しじみ)と冬(寒しじみ)がとくに美味とされます。表は目安で、その年の海況や漁期によって前後します。
出雲そば ― 城下町に根づいた通年の名物
季節の魚介とともに松江の食を語るうえで欠かせないのが、出雲そばです。殻ごと挽いた黒みの強いそば粉を使うため、色も香りも野趣に富むのが特徴。江戸時代初め、松江藩松平家の初代藩主・松平直政が信州松本からそば職人を伴って入封したことが、出雲にそばが広まる契機になったと伝わります。
松江ならではの食べ方が割子(わりご)そば。丸い漆器の器を三段ほど重ね、薬味とつゆを直接かけて、段を入れ替えながらいただきます。これは城下町で携帯用にそばを重箱へ詰めた習慣に由来するとされ、松江の暮らしと結びついた様式です。一方、出雲大社周辺の神在祭の屋台が発祥とされる釜揚げそばは、ゆで上げたそばを湯ごと器に盛り、そば湯と薬味をかけて温かくいただくもの。寒い季節にとくにありがたい一杯です。
そば好きで知られた不昧公が茶の湯にそばを取り入れ、その地位を高めたという逸話も、松江らしい食の奥行きを物語ります。茶どころでもある松江は和菓子の文化も豊かで、旬の魚介に舌鼓を打ったあと抹茶と上生菓子で一服する――そんな緩急も、この街の食の楽しみ方のひとつです。
山陰の空の下で味わうということ
松江の旬を語るうえで忘れてはならないのが空模様です。山陰は冬に曇りや雨・雪の日が多く、日照時間は全国でも指折りに短い土地。気象庁の平年値でも、十二月の一日あたりの日照時間はわずか一・七時間ほどとされます。鉛色の空の下、湯気の立つ釜揚げそばや甲羅酒で温まる松葉ガニが、いっそう体に染みるのはそのためかもしれません。
汽水湖と日本海、二つの水辺がもたらす旬を季節ごとに味わい分ける。産地の違いを正しく知り、その土地ならではの一皿を選ぶ。それが、松江の食をいちばん豊かに楽しむ歩き方です。
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