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尾道の坂道を歩いて、時間を巻き戻す|映画化された町で過ごす休日の過ごし方
観光・体験
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尾道の坂道を歩いて、時間を巻き戻す|映画化された町で過ごす休日の過ごし方

瀬戸内海に面した広島県尾道市は、昭和の風情が色濃く残る町です。狭い路地に古い家々が建ち並び、坂道を歩めば映画のワンシーンに迷い込んだような錯覚を覚えます。そんな尾道の魅力は、観光地化されすぎていない素朴さにあります。映画監督・大林宣彦が「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」といった作品の舞台に選んだことでも知られるこの町は、カメラを手に訪れる映画ファンだけでなく、昭和という時代の空気感を求める旅人にとっても、唯一無二の目的地となっています。

坂道の町を歩く。足元の歴史に目を向ける

尾道を語る上で欠かせないのが、町を形成する数多くの坂道です。市内には20以上の坂があり、それぞれに名前と歴史があります。なかでも「千光寺山ロープウェイ」山麓駅から千光寺へ続く「文学のこみち」は、正岡子規や志賀直哉など文人たちの句碑・詩碑が点在する散策路として有名です。最も有名な坂道を歩くなら、朝一番の時間帯がおすすめです。観光客が本格的に訪れる前の静かな午前中は、本当の町の空気を吸収できます。

坂道の両脇には、江戸時代から続く商家や昭和初期の民家が密集しています。白い塀、格子窓、木製の戸——細部に職人の手仕事が残されています。カメラを構えてつい立ち止まってしまう景色がそこかしこにあります。特に「猫の細道」と呼ばれる石畳の路地は、猫の絵が描かれた石仏が点在し、捨て猫が保護されて暮らす不思議な小径です。靴は歩きやすいスニーカーを選び、ゆっくり進みましょう。所要時間は1時間から1時間半程度で、十分に坂道の雰囲気を味わえます。

古民家カフェで、地元の時間に寄り添う

坂道を歩いて少し疲れたら、古民家をリノベーションしたカフェで休憩しましょう。尾道には、かつての商家や民家を改築した小さなカフェが数軒存在します。これらのお店は、元々の建物の構造や歴史的価値を保ちながら、現代的な快適さを備えています。

なかでも注目したいのは、空き家を再生させたリノベーションプロジェクト「尾道空き家再生プロジェクト」が関わる物件群です。古い町家の梁や土壁をそのまま活かした空間で飲む一杯のコーヒーは、新しいカフェでは得られない重みがあります。店内に入ると、天井の梁の古さ、床の軋み、外に見える町家の庭——すべてが時間旅行の道具に変わります。手作りの軽食やドリンクは1000円から1500円程度の良心的な価格帯です。広島県はレモンの主要産地でもあるため、地元産のレモンを使ったドリンクや、尾道の郷土菓子「尾道プリン」を取り扱うお店も多くあります。ここでの時間は、スマートフォンをしまって、本を読んだり、隣人と会話したり、ただ外を眺めたりするのに最適です。

千光寺と瀬戸内の絶景。高台から見渡す島々

尾道の高いところからは、瀬戸内海と島々の絶景が臨めます。千光寺山山頂展望台(標高約144メートル)からは、眼下に尾道水道、向島、その先に広がる島々を一望できます。晴れた日中には青い海が、夕刻には夕陽がオレンジ色に染める水面が眼前に広がります。ロープウェイで3分ほどで山頂付近まで上がれますが、体力に自信があれば坂道を歩いて登るのも醍醐味です。

千光寺は推古天皇の時代(7世紀初頭)に開かれたとされる古刹で、本堂は朱塗りの外壁が鮮やかな懸造り(かけづくり)の建築です。境内には「玉の岩」と呼ばれる巨岩があり、かつてここで光を放つ宝珠が輝いたという伝説が残ります。参拝後は「文学のこみち」を下りながら、石碑に刻まれた文学者たちの言葉に目を向けてみてください。林芙美子や志賀直哉など、尾道に縁のある文人たちの言葉が、坂道の随所に静かに刻まれています。

展望を楽しんだ後は、尾道名物のラーメンを食べましょう。尾道ラーメンは醤油味のスープに平打ち麺、そしてスープ表面に浮かぶ背脂の粒が特徴です。地元の老舗店では、煮干しと昆布の出汁をベースに、長年継ぎ足してきたタレが深みを生み出しています。小ぶりで食べやすく、昼時の食堂では地元客で賑わっています。相場は800円から1000円程度。シンプルながら何度も食べたくなる味わいが、この地で生まれた理由を感じさせます。

艮神社と西國寺。石段の先にある精神の静寂

尾道は古い寺院や神社が数多く存在する土地でもあります。坂の上に屹立する「艮神社(うしとらじんじゃ)」は、大林映画「転校生」でも印象的な舞台となった場所です。長い石段を登り切ったところに広がる境内には、大楠の古木が根を張り、都市の喧騒とは切り離された静謐な空間が広がります。

また、真言宗の巨刹「西國寺」は、仁王門に吊るされた巨大な草鞋(わらじ)で知られます。健脚を願って奉納されてきたこの草鞋は長さ約2メートルにも及び、訪れる者を圧倒します。三重塔など重要文化財を擁するこの寺は、建築好きならば見逃せません。参拝の目安は30分から1時間程度。入場料は無料から500円程度と良心的です。秋の紅葉、春の桜、冬の雪景色——それぞれの季節が寺社仏閣に異なる表情をもたらします。

夜間の町歩きと、地元の居酒屋での交流

夜間の尾道も別の魅力があります。街灯が坂道を照らし、家々の明かりが漏れる光景は、昭和時代の日本そのものです。人通りが少なくなった時間帯は音も静かになり、町の呼吸をより強く感じられます。尾道水道沿いの商店街「本通り商店街」は昼間と夜とで表情が一変し、シャッターの閉まった店先に灯る常夜灯が、独特の情景をつくり出します。

夜の過ごし方として、小さな居酒屋での時間もぜひ体験してほしいところです。地元民が利用する飲み屋は観光地価格ではなく、町の人々の日常生活が見える場所です。地酒として広島の銘柄「賀茂鶴」や「竹鶴」を置く店も多く、瀬戸内産の鮮魚を使った刺身や小鉢とともに味わえば、旅の疲れも心地よく溶けていきます。店主や隣客との何気ない会話は、ガイドブックには載らない尾道の本当の姿を教えてくれます。予算は3000円から5000円程度で、充実した夜が過ごせます。

尾道での1日は、ゆっくり進むカレンダーの上で展開します。坂を上り、カフェで休み、展望を眺め、寺社仏閣で心を静め、夜は町の人々と時を重ねる。このサイクルをひとつひとつ丁寧に繰り返すことで、初めて尾道という町の本質が見えてきます。次の連休には、デジタルデバイスを少し脇に置いて、尾道の坂道を足で確かめてみてください。あなたの内側にも、この古い町と同じ静寂が、ゆっくり満ちていくのを感じるはずです。

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Written by

伊藤 陽子

アウトドアガイド

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