メインコンテンツへスキップ
SOROU.JP日本全国情報ポータルサイト
津島神社

津島神社

※写真はイメージです。

GALLERY

この店のオーナーですか?注目枠に掲載できます詳細

愛知県津島市に鎮座する津島神社は、「全国天王総本社」として全国に約3,000社の御分霊社を擁する、格別の由緒を持つ古社です。地元では古くから「お天王さま」と呼ばれ、厄除け・疫病除け・災難除けの守護神として、また授福の大神として深い信仰を集めてきました。

1,500年近い歴史と由緒

創建は欽明天皇元年(西暦540年)と伝えられ、以来1,500年近くにわたって人々の祈りを受け続けてきました。弘仁元年には正一位の神階と「日本総社」の号を奉られ、一条天皇の正歴年中には「天王社」の号を賜ったと記録されています。この称号が全国の天王社の本社たる所以であり、各地の分霊社への信仰を束ねる中心として機能してきました。明治6年に県社、大正15年には国幣小社に列せられたことも、その社格の高さを示しています。

戦国武将・幕府からの篤い崇敬

津島神社が史書に度々登場するのは、戦国時代以降の武門との深い縁によるところが大きいです。織田氏は隣の勝幡城を出身地とし、当社を氏神として仰いで造営に協力しました。その後を継いだ豊臣秀吉・豊臣一門も社領を寄進し、造営を手がけています。さらに江戸時代に入ると尾張藩主徳川義直公が津島向島の地で1,293石余を寄進し、後に将軍家綱公の朱印状をもって幕府寄進の神領地となり明治維新まで継続しました。朝廷でも光格天皇以降、歴代の天皇・親王のご祈祷が執り行われ、有栖川宮家の祈祷所にも定められるなど、武家と公家双方から格別の崇敬を受けてきた神社です。

重要文化財に指定される三つの建造物

境内で特に注目したいのが、歴史的な寄進によって建てられた三棟の建造物です。

まず楼門は天正19年(1591年)に豊臣秀吉が寄進したもので、国の重要文化財に指定されています。次に南門は慶長3年(1598年)、秀吉の病気平癒を祈願して豊臣秀頼が寄進したものとされ、愛知県の文化財に指定されています。そして御本殿は慶長10年(1605年)、清洲城主松平忠吉(家康の四男)の病弱を案じた妻女・政子の方が寄進した建物で、こちらも国の重要文化財です。尾張造の様式で整えられたこれらの建造物が一体となった境内は、戦国から江戸にかけての信仰の厚さをそのまま今に伝えています。

御祭神と御神徳

主神は建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、相殿には大穴牟遅命(おおなむちのみこと=大国主命)を祀ります。建速須佐之男命は国土経営・産業開発に力を尽くし、民の生活安定に仁慈を垂れた神として知られます。なかでも津島のお社は疫病除け・厄除け・災難除けの御神徳で広く信仰されており、それが全国3,000社に分霊が広まった根拠ともなっています。

天王祭と幻想的な提灯奉納

毎夏に催される天王祭は「提灯祭」とも呼ばれ、夏病みなどの災いに罹らないよう祈る一番大切なお祭りとされています。境内に数多くの提灯が灯される様子は幻想的で、個人名・会社名・団体名での奉納が可能であることも特徴です。名前の入った提灯が境内を照らす光景は、参拝者にとって忘れがたい体験となるでしょう。

年間の祈祷・神事

厄払い・病気平癒・健康祈願などの個人祈祷をはじめ、神前挙式、大祓式など、年間を通じてさまざまな神事が執り行われています。なお夏季(令和6年は7月1日~9月30日)は通常の本殿ではなく祈祷殿にてご奉仕されるため、参拝の際は時期を確認しておくと安心です。参拝者用の駐車場は境内にはなく、隣接する天王川公園を利用する形になります。

アクセス

名鉄尾西線津島駅から徒歩約5分

営業時間

24時間営業

料金目安

無料

外部予約・検索サイトで探す

下記の外部サイトで本店舗・施設の予約・在庫状況をご確認いただけます。

※ 外部サイトへのリンクには広告 (アフィリエイト) を含みます。

シェアする

店舗詳細

対応言語
日本語

RELATED SPOTS

関連するスポット(8件)

この情報の関係者の方へ

公式サイト等の情報を元に紹介しています。内容に誤りがあれば、オーナー申請から無料で修正・削除いただけます。

オーナー申請

NEARBY

周辺のスポット(3件)