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篠山城大書院

篠山城大書院

※写真はイメージです。

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丹波篠山の城下町に堂々とそびえる篠山城大書院は、1609年(慶長14年)に徳川家康の命で建てられた篠山城の中核施設です。天守を持たないこの城において、大書院は藩主が儀式や公務を執り行う「顔」として機能し、江戸時代260年余にわたって篠山藩5万石の政治・文化の中心であり続けました。2000年に市民の熱意と寄付によって再建された現在の建物は、江戸初期の書院建築の格式をそのままに伝える貴重な存在です。

豊臣恩顧の大名を動員した「天下普請」の城

関ヶ原の合戦後、大坂城に残る豊臣秀頼の存在を警戒した徳川家康は、西国の豊臣恩顧大名を牽制する拠点として篠山への築城を決断します。普請総奉行には池田輝政、縄張(設計)には名城師・藤堂高虎が当たり、浅野幸長・蜂須賀至鎮・加藤嘉明・福島正則ら15カ国20大名、総勢8万人の人夫が動員されました。これが「天下普請」と呼ばれる幕府主導の大規模工事で、驚くことにわずか6カ月という短期間で完成させています。こうして生まれた堅城は、以後、松平氏3家8代・青山氏6代という徳川譜代の有力大名に引き継がれ、藩政の拠点として約260年間その役割を果たし続けました。

廃城令を生き延びた建物の数奇な運命

明治維新後の1873年(明治6年)、政府の廃城令によって篠山城の大半の建造物は取り壊されます。しかし大書院は保存を願う人々の強い働きかけによって、城内の建物の中でただ一つ解体を免れました。その後は小学校・女学校・公会堂と用途を変えながら地域に活用されてきましたが、1944年(昭和19年)1月6日の夜、火災によって惜しくも焼失してしまいます。それでも市民の再建への思いは途絶えず、古絵図・古写真・発掘調査などの綿密な学術調査を重ねた末、2000年(平成12年)4月にかつての姿を取り戻しました。

二条城に匹敵する破格の書院建築

再建された大書院の規模は、一大名の書院としては破格のものです。床面積739平方メートル、棟高12.88メートルを誇り、屋根は入母屋造りのこけら葺き。同様の現存建物と比べると、将軍の上洛時の宿所として築かれた京都二条城二の丸御殿の「遠侍」に匹敵するとされ、大名書院の中では最高水準の規模と様式を備えています。北正面には唐破風をつけた車寄が設けられ、東には中門が突き出す独特の構成で、内部には8つの部屋が連なります。

最も格式の高い「上段の間」は、幅6.9メートルの大床を備え、付書院・違い棚・帳台構という座敷飾りが完備された、まさに藩主の着座する空間にふさわしい造りです。往時の雰囲気を再現するため、江戸時代初期の狩野派絵師が描いた屏風絵が障壁画として転用されており、当時の上流社会の美意識を今に伝えています。

展示と二の丸御殿跡で深める篠山城の歴史

館内の展示室では、篠山城の模型や歴史資料・パネルを通じて、天下普請の様子や城下町の形成、歴代藩主の変遷が丁寧に解説されています。シアター室では「篠山城物語」が15分ごとに上映され、築城の歴史的背景や普請の様子を映像で体感できます。大書院に隣接する二の丸御殿跡では、大書院・小書院・中奥御殿・奥御殿・台所などが並んでいた御殿群の間取りが平面で整備されており(2002年完成)、往時の篠山城の全貌を地面から想像する手がかりになっています。

アクセス

JR福知山線篠山口駅から徒歩約20分

営業時間

9:00~17:00(受付終了16:30)、定休日: 毎週月曜日・年末年始(12月25日~1月1日)※祝日は開館

料金目安

大人500円 / 高校生以下300円(共通入館券4館共通:大人1,000円 / 高校生以下600円)

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価格帯
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日本語

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