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鳳来寺
※写真はイメージです。

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愛知県新城市の鳳来寺山に鎮座する鳳来山東照宮は、樹齢370年の杉木立が天蓋のように覆う山中深く、慶安4年(1651年)に徳川三代将軍・家光公の命により創建された国指定重要文化財の社殿です。日光東照宮と同じく徳川家康公を御祭神とするこの地が選ばれた理由は、家康公の誕生そのものにまつわる深い縁にあります。

家康公誕生の縁起が地を選んだ

鳳来寺山は高僧・利修仙人が703年に開山した奥三河の霊地で、古くは煙巌山とも呼ばれた火山岩の峻嶺です。岡崎城主・松平広忠卿と於大の方が世継ぎを授かれないことを憂い、この山の峯薬師へ夫婦で参籠祈願したところ、やがて於大の方が身ごもり、天文11年(1542年)12月26日に竹千代君(後の家康公)が誕生しました。家光公は「東照大権現縁起絵巻」でこの伝えを目にし、家康公ゆかりの地こそが祀るべき場所と確信、老中・阿部豊後守忠秋に造営を命じました。御神体は江戸城内の紅葉山東照宮から御宮殿・随身・狛犬とともに奉還され、荘厳な遷宮祭が執り行われたと伝わります。

石段1400余段の幽遠な参道

本殿へ続く石段は1400余段。巨巌をぬって山中へと分け入るこの参道は、江戸時代には幕府直轄の管理下に置かれ、参拝に通行手形(許可証)が必要とされていました。許可を得た参拝者のみが紙の緒(こより)に履き替え、拝殿前まで進むことを許された神聖な場所です。石段脇にはかつて番所があり、その礎だけが今も残ります。樹齢370年を超える杉木立が参道を覆い、独特の幽邃な雰囲気は創建当時から変わっていません。

江戸初期の建築と50余の彫刻

本殿・拝殿・幣殿・中門・水屋・石棚・石燈籠などが国の重要文化財に指定されています。拝殿と幣殿は入母屋造りで桧皮葺、背面切妻造りで接続するその繋ぎ構造は、現存する建築の中でも貴重な様式です。境内各所には50余の彫刻が施されており、色鮮やかさは創建当時の華麗さを今に伝えます。水屋の水盤は花崗岩製で、「井伊兵部少輔藤原直好」の名が刻まれており、建立に関わった諸侯の痕跡を具体的に残しています。本殿内部にはさらにもう一つの社「御宮殿」が安置されており、狛犬と随身もここに収められています。

三代にわたる狛犬が語る近代史

境内に立つ狛犬は現在三代目(平成2年奉納)ですが、その背景には近代の戦争史が刻まれています。武運に恵まれた家康公の加護を求めた出征将士たちが、狛犬の一部を欠き取って弾丸除けのお守りとして戦地へ持って行ったため、二代目の狛犬はだんだん丸くなってしまいました。初代(慶安4年)・二代(昭和15年)の狛犬は現在も境内に残り、その丸くなった姿が時代の記憶を静かに伝えています。

寅童子の伝承と授与品

家康公の誕生は寅の年・寅の日・寅の刻とされています。その瞬間、鳳来寺峯薬師に祀られていた十二神将のうち「真達羅大将(寅童子)」が忽然と姿を消し、元和2年(1616年)の家康公逝去時に峯薬師のもとへ戻ったという伝承が残ります。この縁起から生まれた授与品「寅童子」は、大正中期から起き上がり小坊師の形で授与され、戦中に一時途絶えた後に復活したものです。子宝・受験・出世・開運などの御利益があるとされています。また、御神木に宿る木の精霊を封じ込めたとされる「木霊守(こだままもり)」も当社固有の授与品で、東照宮の御力を授かるとして参拝者に親しまれています。宝物には、関ヶ原の陣に際し家康公が御佩用されたと伝わる太刀(豊後友行作)も収められており、武将としての家康公の足跡もこの地に息づいています。

アクセス

JR飯田線新城駅から車で約20分

料金目安

祈祷料 5,000円以上

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店舗詳細

価格帯
$$
対応言語
日本語

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