
新屋山神社
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富士山麓の山梨県富士吉田市に鎮座する新屋山神社は、金運上昇と商売繁盛のご利益で知られ、「金運神社」の通称でも親しまれる山神社です。雁ノ穴溶岩流台地の上に位置し、富士山を背にして北向きに祀られた社は、原生林が繁茂する小高い丘の上にあります。地元では古くから「ヤマノカミサマ」と呼ばれ深い信仰を集めてきており、参道には願いが叶ったお礼として奉納された鳥居が数多く立ち並び、霊験あらたかな雰囲気に包まれています。
富士山麓の原生林に抱かれた、五百年の歴史
新屋山神社の創建は、戦国時代の後奈良天皇御世にあたる天文3年(1534年)10月17日。1727年の修復、1890年(明治23年)の弊殿・拝殿造営を経て、1934年(昭和9年)に本殿が再建されました。末社として浅間社・大神社も合祀され、1973年(昭和48年)には現在の弊殿・拝殿に改築、社務所も設置され今日に至ります。
主祭神は大山祇命(オオヤマツミノミコト)。伊耶那岐命と伊邪那美命による「国生み」の後に生まれた神であり、「大いなる山の神」を意味します。山と野を守る国津神の一柱でありながら、別名を和多志大神ともいい、海の神としての側面も持つ両義的な神格です。また、娘神の出産を祝って酒を醸したという故事から酒造の神としても信仰されており、愛媛県今治市の大山祇神社や静岡県三島市の三島大社でも広く祀られています。祭神にはほかに天照皇大神、木花開耶姫命を、末社に小御岳社・稲荷社を祀っています。
御神石:重さで神意を問う独特の参拝作法
境内でとりわけ参拝者の関心を集めるのが「御神石」です。神様にお伺いを立てるためのこの石への作法は、まず「お願いします」と一礼して石を持ち上げ(一回目)、次に額を石の頂上に当て両手で斜面を撫でながら一つだけ具体的な問いを念じ、再び石を持ち上げます(二回目)。最後に「有難うございました」と礼をして三度目に持ち上げ、三度の重さを比べます。二回目が最も軽く感じられれば「良」、そうでなければ「不」とされる古くから伝わる不思議な作法です。公式に明記されているように、これはあくまで神意を伺う石であり、願い事をする石ではありません。
富士山二合目に佇む奥宮と、七社巡りの神玉
新屋山神社は本宮のほかに、富士山二合目のヘダノツジに奥宮を持ちます。ヘダノツジはかつて山仕事の休み場所であり、草地(ハラ)と林地(ヤマ)の境目にあたる場所でした。もとは木の根の上に赤い石が置かれていたものを、地元の信心講が石祠を建て祀ったのが始まりで、平成23年(2011年)に新たにお社が新築され、8月7日に遷座されました。境内には環状列石(ストーンサークル)があり、正面から2礼2拍手1礼の作法でお参りするのがならわしです。石の周りを回ることは不敬にあたるとされているため注意が必要です。
また、富士山麓の神社7社が連携する「富士山神玉巡拝(かみたまじゅんぱい)」にも参加しており、参拝の証として神様の力が宿る神玉を授かることができます。7つの神玉すべてを集めることで大願成就が祈られる、近年注目を集める巡拝プログラムの一社です。
山の神をめぐる地元の言い伝え
新屋地区には、この神社にまつわる言い伝えが今も語り継がれています。「山の神は生き神様だから木の葉一枚でも採ってはならず、採ると祟りやバチがあたる」「山の神の木を伐ったら必ず植えておく」という言葉は、かつて林業・農業に携わる人々が山を神聖視していた証といえます。「山の神は器用で雲以外は何でも作れて、山仕事や荒仕事をする人を守ってくれる」という言葉も伝わり、大工などの職人にも篤く信仰されてきた理由がここにあります。さらに、あるおばあさんが牛を引いて社殿前で転んだ際に男の声で「手を離せ」と聞こえ、牛に蹴飛ばされることなく助かったという逸話も残り、山の神の「生き神様」としての霊験が地域に根づいていることが伝わります。
年中行事
主な行事として、1月1日の歳旦祭、1月16日の正月祭宵祭り、1月17日の正月祭が新年を彩ります。秋には10月16日午前に奥宮祭、夕刻に例大祭の宵宮祭が行われ、10月17日が年間最大の例大祭となります。この日付は神社の創建日(天文3年10月17日)に由来しており、五百年の歴史と深く結びついた節目の日です。
アクセス
山梨県富士吉田市新屋4丁目2-2
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