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仙台まち歩きガイド——定禅寺通の並木・青葉城跡・瑞鳳殿をたどる伊達の城下町散歩
観光・体験
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仙台まち歩きガイド——定禅寺通の並木・青葉城跡・瑞鳳殿をたどる伊達の城下町散歩

杜の都を歩く——伊達の城下町と並木をたどる

仙台は、街そのものが緑に包まれた「杜(もり)の都」として知られます。その緑は手つかずの森ではなく、約400年前に城下町を開いた伊達政宗が育てたものでした。政宗は家臣たちに、屋敷の内には飢饉に備えて栗・梅・柿などの実のなる木を、隣家との境には杉を植えるよう奨めたと伝わります。こうして生まれた屋敷林が、寺社の杜や青葉山の緑、広瀬川の河畔林と一体となって街全体を覆い、明治末にジャーナリスト荒川偉三郎が記した「森の都」という言葉が、のちに「杜の都」として定着しました。

歩いて巡るうえで、地形を頭に入れておくと動きやすくなります。市街地の西を一級河川・広瀬川が蛇行し、その流れを越えた青葉山の丘に仙台城(青葉城)が築かれました。城下の中心部は平坦で、アーケード商店街や定禅寺通の並木が徒歩圏に収まる一方、城跡と、川を挟んで向かい合う瑞鳳殿は小高い丘の上にあります。平地の並木散歩と、丘をのぼる歴史散策——この二つを組み合わせるのが、杜の都らしい歩き方です。

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アーケードと並木——街なかをのんびり歩く

仙台駅の西口を出ると、すぐにアーケード商店街の入り口が口を開けています。駅から西へ延びる中央通り(ハピナ名掛丁・クリスロード・マーブルロードおおまち)は全長約680メートル、約280の店が軒を連ね、これと交差して一番町(サンモール一番町・ぶらんどーむ一番町など)の通りが南北に走ります。全体がカタカナの「ト」の字のようにつながった東北最大級のアーケード網で、屋根に覆われているため雨や雪の日でも濡れずに歩けるのが、雪のちらつく仙台の冬にはありがたいところです。

アーケードを抜けて北へ向かうと、勾当台公園にたどり着きます。「勾当台」という地名は、政宗が寵愛した盲目の狂歌師・花村勾当の屋敷がこの一帯にあったことに由来するとされ、藩政時代の1761年(宝暦11年)には藩校「養賢堂」も移されるなど、城下の文化の中心でした。今は官庁街に隣り合う市民の憩いの広場で、噴水や催し物でにぎわいます。

この公園から西へ延びるのが、杜の都のシンボル・定禅寺通です。西公園までの約700メートルにわたってケヤキの並木が続き、車道に挟まれた中央には歩行者専用の遊歩道(グリーンベルト)が通っています。並木は1958年(昭和33年)に植えられたもので、半世紀以上の時をかけて頭上を覆うほどの緑のトンネルへと育ちました。木陰のベンチに腰かけ、点在する彫刻を眺めながら歩く中央遊歩道は、車のすぐそばとは思えないほど静かで、市民が日常的に通り抜ける生活の道でもあります。並木の途中にはガラス張りの建築で知られる「せんだいメディアテーク」が建ち、散歩の足を休める文化拠点になっています。冬には並木が無数の灯りで彩られ、街の表情が一年でいちばん華やぎます。

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青葉城跡へ——政宗が築いた天然の要害

並木の街を堪能したら、広瀬川を越えて青葉山の城跡へ向かいます。仙台城は1601年、伊達政宗が標高約130メートルの青葉山に築いた居城で、東と南を断崖が固める天然の要害でした。62万石の大藩の本拠でありながら、徳川の世にあえて天守を建てなかったのも、幕府の警戒を避けるためだったと伝えられます。

丘をのぼる前に、ふもとの大手門跡に立つ脇櫓(わきやぐら)を見ておきましょう。白漆喰の優美なこの櫓は、かつて大手門とともに国宝に指定されていましたが、1945年(昭和20年)の仙台空襲で焼失し、現在のものは1967年(昭和42年)に木造で再建されたものです。すぐ近くの三の丸跡には仙台市博物館が建ち、伊達家ゆかりの品々を通じて城下町の歴史を学べます。

本丸跡まで登ると、視界がいっきに開けます。眼下に仙台の市街地が広がり、晴れた日には遠く太平洋まで見渡せる眺望は、まさに城主の見た景色そのもの。本丸の一角には馬上から街を見下ろす伊達政宗の騎馬像が立ち、城跡の象徴になっています。隣接する宮城縣護國神社に手を合わせ、石垣の上から城下を眺めれば、仙台という街の成り立ちが立体的に見えてきます。坂道が続くので、ふもとからの登りがきついときは観光循環バス「るーぷる仙台」を使うのも手で、仙台駅西口からおよそ20分で城跡まで運んでくれます。

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経ヶ峯の杉並木と瑞鳳殿——伊達政宗が眠る霊屋

仙台の歴史散策のハイライトは、政宗その人が眠る霊屋・瑞鳳殿(ずいほうでん)です。広瀬川を挟んで仙台城本丸と向かい合う経ヶ峯(きょうがみね)の丘にあり、1636年に70歳で世を去った政宗の遺命を受け、翌1637年に二代藩主・忠宗が造営しました。

参道に足を踏み入れると、まず樹齢三百数十年ともいわれる杉の巨木が両側からそそり立ち、ひんやりとした空気が漂います。その奥に続く石段は62段。仙台藩62万石にちなんで刻まれたと伝えられ、一段のぼるごとに俗世から切り離されていくような感覚を覚えます。石段を登り切ると、極彩色と金箔をまとった涅槃門(ねはんもん)が現れ、その先に本殿の瑞鳳殿が静まっています。

桃山文化の粋を集めた絢爛な霊屋は、もともと国宝に指定されていましたが、城下の脇櫓と同じく1945年の空襲で焼失しました。現在の建物は残された写真や資料をもとに1979年に再建され、2001年の「平成の大改修」で創建当時の鮮やかな色彩がよみがえったものです。深い杉木立と豪奢な社殿の対比は、伊達文化の華やかさと、それを包む杜の都の緑とを一度に味わえる、仙台ならではの空間です。

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国宝・大崎八幡宮——桃山の社殿を訪ねる

もう一つ足を延ばしたいのが、城下の北西に鎮座する大崎八幡宮です。社殿は政宗が領内の総鎮守として慶長12年(1607年)に造営したもので、本殿と拝殿を「石の間」でつないだ権現造の最古の典型として国宝に指定されています。

総漆塗りに極彩色、金具をちりばめた豪壮な意匠は、まさに安土桃山の建築美。柱や扉、欄間には飛天や虎、牡丹や蝶といった彫刻が緻密に施され、当代一流の名匠たちの技が凝らされています。安土桃山時代の社殿建築として国内唯一の遺構ともいわれ、瑞鳳殿とあわせて訪ねれば、伊達政宗が城下に遺した桃山文化の厚みを実感できます。長い石段と杜に包まれた境内は、街なかとは思えないほどの静けさです。

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歩くときの実用メモ

仙台駅を起点に、アーケード→勾当台公園→定禅寺通と平地の並木をのんびり歩き、午後に広瀬川を渡って青葉城跡・瑞鳳殿という丘の歴史散策へ向かう動線が組みやすい流れです。城跡と瑞鳳殿、大崎八幡宮はそれぞれ離れているので、坂や距離がこたえるときは「るーぷる仙台」で結ぶと、一日でも無理なく回れます。

  • 季節:定禅寺通の新緑は初夏、紅葉は晩秋が見頃。冬は並木のライトアップが街を彩ります。8月6日から8日の仙台七夕まつりの時期には、一番町や中央通りのアーケードが豪華な吹き流しで埋め尽くされ、東北三大祭りらしい華やぎに包まれます。
  • 足もと青葉城跡へ続く大手道や経ヶ峯の石段は登りが続きます。瑞鳳殿の62段をはじめ階段も多いので、歩きやすい靴が安心です。
  • 食の楽しみ:歩き疲れたら、炭火でこんがり焼いた厚切りの牛たんや、枝豆をすりつぶした緑色の餡をのせた甘味(ずんだ)など、仙台ならではの味で力をつけるのもおすすめ。種類や食べ方は店ごとにさまざまなので、その日の気分で選んでみてください。

並木のトンネル、白漆喰の脇櫓、本丸からの眺め、杉木立の奥の絢爛な霊屋、そして桃山の国宝社殿。これらはすべて、伊達政宗が緑とともに遺した城下町の記憶です。仙台は、その緑と歴史が一続きにつながっていることを、歩く速度でこそ確かめられる街だといえます。

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Written by

佐藤 美紀

温泉ソムリエ

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