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坂と石畳をたどる長崎・歴史散策ガイド — グラバー園からオランダ坂、出島、眼鏡橋まで
観光・体験
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坂と石畳をたどる長崎・歴史散策ガイド — グラバー園からオランダ坂、出島、眼鏡橋まで

坂をのぼり、石畳をくだる — 港町・長崎の歩き方

長崎の街は、長崎港を抱きこむようにすり鉢状の斜面へ広がっています。平地が少なく、家々は山の中腹までびっしりと張りつき、海と丘のあいだは無数の坂と石段で結ばれてきました。江戸期には出島と唐人屋敷が外国とつながる唯一の窓口となり、幕末の開国後は南山手・東山手の丘に外国人居留地が開かれます。オランダ、中国、そして西洋——異なる文化が港から坂をのぼってこの街に根を下ろしました。だから長崎を本当に味わうなら、路面電車で名所の前に降り立つだけでなく、坂をのぼり石畳をくだって、丘と港のあいだを自分の足で歩くのがいちばんです。ここでは、異国情緒の残る坂と史跡をつなぐ歴史散策のコースを、エリアごとにご紹介します。

南山手の丘 — グラバー園と祈りの石畳

最初に向かいたいのは、長崎港を見下ろす南山手(みなみやまて)の丘です。路面電車の「大浦天主堂」か「石橋」の電停が起点になります。石橋電停からは、斜面地を斜めにのぼる無料の斜行エレベーター「グラバースカイロード」が使え、急坂を歩かずに丘の上へ出られます(運行はおおむね朝6時台から夜23時台まで)。のぼりきった先の南山手レストハウス(入場無料)からは、港と対岸の山並みが一望できます。

ここから園内へ入る前に、ぜひ寄りたいのが祈念坂(きねんざか)。明治10年より前に整えられたという石畳の坂で、教会の塔と石垣、坂の向こうにのぞく港が一枚の絵のように重なります。坂をくだれば、現存する日本最古の木造洋風建築・旧グラバー住宅を中心とするグラバー園へ。スコットランド出身の商人トーマス・グラバーが親子二代で暮らした邸宅で、扇形に広がる瓦葺きの屋根やコロニアル風の大窓が和洋折衷の趣を伝えます。旧グラバー住宅は世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産でもあります(入園料は大人1,300円が目安)。

すぐ隣には、国宝・大浦天主堂が建ちます。1864年末に竣工した現存最古の教会建築で、翌1865年には浦上の潜伏キリシタンがここで信仰を告白した「信徒発見」の舞台となりました。2018年には世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産にも登録されています(拝観料は大人1,000円が目安)。天主堂前から電停へ下るグラバー通りは、土産物店が並ぶ石畳の坂。さらに南山手には、雨水が側溝を勢いよく流れる音にちなむといわれるドンドン坂など、名前のついた坂が点在し、坂そのものが街の記憶になっています。

東山手とオランダ坂 — 「オランダさん」の高台

南山手の北どなり、東山手(ひがしやまて)の丘は「オランダ坂」で知られます。長崎の人々はかつて欧米の外国人を親しみをこめて「オランダさん」と呼び、高台の邸宅へ続く石畳の坂をまとめてオランダ坂と呼ぶようになったといわれます。石畳には五島列島や天草から取り寄せた砂岩が使われ、雨に濡れると深い色合いに沈みます。坂沿いには異国情緒を伝える洋館群が建ち並び、東山手は重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

このあたりは、東山手洋風住宅群や東山手甲十三番館、長崎孔子廟といった見どころが徒歩圏に集まり、坂と石段を上り下りしながら明治の居留地の空気をたどれます。観光名所を点で見るより、坂を歩いてつなぐほどに異国情緒が立ちあがってくる——それが東山手の魅力です。歩きやすい靴さえあれば、カメラを手に何度でも立ち止まりたくなる一帯です。

出島と新地中華街 — 海に向かって開いた窓

丘から港側の平地へ下りると、歩く舞台は「鎖国の窓口」へと変わります。扇形の人工島・出島は、江戸期に日本で唯一、西洋(オランダ)との貿易が許された場所。長崎市の復元整備により2016年までに16棟の建物がよみがえり、19世紀初めの町並みのなかを歩けるようになりました。表門橋を渡って島へ入り、商館長の部屋や蔵を巡れば、海の向こうとつながっていた当時の暮らしが体感できます(長崎駅からは徒歩13分ほど)。

出島から南へ歩いて数分のところに、日本三大中華街のひとつ・新地中華街があります。もともとは唐人屋敷の荷物を納める蔵を建てるために海を埋め立てた「新地」で、いまは東西南北に中華門が立つおよそ100メートル四方の一画。長崎ちゃんぽんや皿うどんといった、この街で育った料理を供する店が軒を連ねます(価格は店により幅があります)。

さらに足をのばすなら、中華街から坂を7〜8分のぼった館内町の唐人屋敷跡へ。1689年、幕府が清の人々の居留地として築いた屋敷の跡で、いまは土神堂・天后堂・観音堂・福建会館の4つのお堂が残り、観音堂の入口の石門は唐人屋敷時代のものと伝わります。オランダの出島、中国の唐人屋敷——二つの「窓口」を歩いてつなぐと、長崎が背負ってきた交流の歴史が一本の線になって見えてきます。

中島川と石橋群 — 眼鏡橋のアーチをたどる

街なかを流れる中島川には、長崎を代表する石橋・眼鏡橋が架かります。1634年、興福寺の黙子如定(もくすにょじょう)禅師が架けた日本最古のアーチ式石橋で、二連のアーチが水面に映ると輪が眼鏡のように見えることが名の由来です。日本橋・錦帯橋と並ぶ日本三名橋にも数えられます。

眼鏡橋だけを見て帰るのはもったいない一帯です。中島川には最盛期に17〜18基もの石橋が架けられ、いまも袋橋や桃溪橋などが流れに沿って残ります。川べりには遊歩道が整い、橋から橋へとのんびり歩いて1時間ほど。護岸の石に紛れたハート形の石を探す人の姿も見かけます。

この中島川と唐寺(からでら)は深くつながっています。眼鏡橋を架けた黙子如定がいた興福寺は1620年創建の日本最初の唐寺で、日本黄檗宗の発祥地。少し南の崇福寺は1629年に福州出身者が建てた寺で、竜宮門のような三門や、国宝の第一峰門・大雄宝殿が中国様式の美しさを伝えます。風頭山のふもとに寺々が連なる寺町通りまで歩けば、坂の街・長崎のもう一つの顔——中国文化が息づく静かな散策路に出会えます。

歩く前に — 坂の街の実用メモ

長崎散策の必需品は、なんといっても歩きやすい靴です。南山手も東山手も石畳と急な坂・石段が続き、雨の日はとくに滑りやすくなります。坂下の移動には路面電車が便利で、市内のおもな名所をほぼカバーするため、一日乗車券を使えば「坂はのぼり、平地は電車」と体力を上手に配分できます。南山手の斜面では無料のグラバースカイロードを使えば、のぼりの負担をぐっと減らせます。

目安としては、南山手・東山手の居留地散策で半日、中島川の石橋群はのんびり歩いて1時間ほど。朝早い時間は人も少なく、石畳が陽に照らされて写真が映えます。坂の上から見下ろす港、石畳に落ちる影、川面にかかるアーチ——長崎の歴史散策は、名所に入場するというより「坂と石の街そのものを歩く」体験です。地図のとおりに急がず、気になる脇道や石段にふと折れてみる。その寄り道のなかにこそ、この港町の異国情緒は隠れています。

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Written by

田中 花

和菓子研究家

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