学び
「晴れの国」が育てた岡山の食文化──ばら寿司・ままかり・きびだんごの来歴
「晴れの国」という風土から岡山の食はうまれた
岡山の食文化を語るには、まず「晴れの国」と呼ばれるこの土地の風土から説き起こす必要があります。中国山地と四国の山々に挟まれた瀬戸内海沿岸は、年間を通じて雨が少なく日照時間が長い瀬戸内海式気候。旭川・吉井川・高梁川の三大河川が肥沃な土と豊かな水を運び、その河口に広がる児島湾の干拓地は、近世以降の大規模な新田開発によって広大な岡山平野の米どころへと姿を変えました。温暖で安定した気候、豊かな水、穏やかな内海──この三つの条件が、米と果実と瀬戸内の魚を軸にした岡山独特の食を育てたのです。
倹約令への知恵が生んだ「ばら寿司」
岡山の食文化を象徴するのが、祭りや祝い事に欠かせない華やかな「ばら寿司(祭ずし)」です。その由来には、江戸時代の岡山藩主・池田光政が出したとされる倹約令が関わっていると伝えられます。「庶民は一汁一菜にせよ」という質素倹約の命に対し、人々は魚や野菜を寿司飯に混ぜ込んでしまえば「飯のおかず(菜)」ではなく一つの料理になる、という理屈で工夫を凝らしました。半切り桶いっぱいの酢飯に、サワラやエビ、ママカリ、季節の野菜を十種あまりも混ぜ込み、お吸い物を添えれば堂々の「一汁一菜」。制約のなかから生まれた庶民の知恵が、ハレの日のごちそうとして今に受け継がれています。
瀬戸内の海が育てた魚食──ままかりとサワラ
栄養豊富な三大河川が流れ込む瀬戸内の海は、古くから岡山の食卓を支えてきました。なかでも岡山を代表する魚が「ままかり」。ニシン科のサッパという小魚を酢漬けにした郷土料理で、その名は「あまりに旨くて隣家から飯(まま)を借りるほど」という説が広く知られています(漁師が隣の船から飯を借りる説、秋の「稲(まま)刈り」にちなむ説もあります)。文化十四年(1817年)の古い文献にも「ままかり酢付け」の記録が残る、由緒ある一品です。
もう一つ、岡山県民が特別な思いを寄せるのがサワラ(鰆)です。多くの地域では焼き魚にされるこの魚を、岡山では刺身やたたきで味わう独特の魚食文化が根づいており、祭りや祝い事の席には欠かせません。瀬戸内の恵みが、土地ごとの食べ方そのものをかたちづくってきたのです。
全国でも稀な「肉食の里」津山
岡山の北部・津山には、瀬戸内とはまったく異なる食の歴史が息づいています。仏教の影響で長く肉食が避けられた時代、薬として肉を口にする「養生喰い」が認められたのは、全国でも津山藩と近江の彦根藩などごくわずかでした。津山では古代から牛馬の市が立ち、藩政期を通じて牛肉を食べる習慣が絶えなかったと伝わります。骨のまわりの肉を削ぎ取る「そずり」、旨味を凝縮させた「干し肉」、そして近年全国に知られたホルモンうどん──いずれも、長い肉食文化の上に積み重なった津山ならではの味で、その歴史は文化庁の「100年フード」にも選ばれています。
「くだもの王国」はこうして築かれた
岡山といえば白桃とマスカット。この「くだもの王国」も、晴れの国の風土と先人の挑戦が生んだものです。桃の栽培は明治の初めに始まり、改良を重ねて、白さときめ細かな肉質を誇る岡山特有の「白桃」が確立しました。実を一つひとつ袋で包んで直射日光を遮る「有袋栽培」で着色を抑え、透き通るような白さととろけるような口当たりを引き出すのが岡山流です。一方マスカット・オブ・アレキサンドリアは、本来高温乾燥の地が原産で栽培の難しいぶどう。明治十九年(1886年)に山内善男がガラス室での栽培に取り組み、雨の少ない岡山の気候とガラス室技術が結びついて一大産地が育ちました。今では岡山がこの品種の全国生産の大半を担うまでになっています。
桃太郎とともに歩んだ「きびだんご」
岡山土産の代名詞「きびだんご」は、安政年間(1850年代)に岡山城下の廣榮堂などの手によって考案された和菓子に始まります。やがてこの菓子は、吉備津彦命による温羅退治の伝説──のちに桃太郎物語の源流とされる岡山の古い伝承──と結びついていきました。「きび」には穀物の黍と、この地の古名「吉備」という二重の意味が重なります。明治期には岡山駅での立ち売り、山陽鉄道の開通、明治天皇への献上などを経て全国へ広まり、桃太郎の物語とともに岡山を象徴する銘菓となりました。
近代がもたらした岡山の味
時代が下ると、岡山は西洋の味も独自に取り込みました。とんかつに濃厚なデミグラスソースをかけた「デミカツ丼」は、帝国ホテル仕込みの洋食を地元向けに仕立て直して生まれたご当地丼。香ばしいソースで黒く炒めた「えびめし」も、東京で学んだ洋食の味を岡山流にアレンジしたものです。さらに、明治のころから岡山で育まれてきた「黄ニラ」も見逃せません。光を遮った室(むろ)の中で青ニラを軟白栽培し、淡い黄金色とやわらかな甘みを引き出すこの野菜は、全国生産の多くを岡山が占める特産品です。桃を袋で覆い、ニラを室で育てる──光を巧みに操る栽培の知恵もまた、岡山の食を独特なものにしてきました。古代からの米と魚、藩政期の知恵、近代の果樹と洋食──幾層もの歴史が重なって、今日の岡山の食はかたちづくられているのです。
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