学び
金沢の建築を巡る学び旅|石川県の名建築ガイド
金沢が「建築の聖地」と呼ばれる理由
金沢は「建築を学ぶ旅先」として、国内外の建築家や学生から高い評価を受けています。その理由は、江戸時代の町家・武家屋敷から明治の赤レンガ建築、そして世界的建築家による現代建築まで、400年以上にわたる建築の歴史が一つの街の中に凝縮されているからです。
加賀百万石の城下町として栄えた金沢は、江戸時代を通じて度重なる大火や戦乱を免れ、当時の街並みが奇跡的に残っています。戦後も空襲の被害を受けなかったため、木造の茶屋街や武家屋敷群がほぼ原形のまま現存しています。これほど多様な時代の建築を一度に体験できる都市は、日本でも金沢以外にほとんど存在しません。
小松空港からリムジンバスで約60分、金沢駅に降り立つと、まず鼓門(つづみもん)の巨大な木製構造体が視界に飛び込んできます。鼓のリズムから着想を得たこの門は、2005年に完成した現代建築でありながら、日本伝統の意匠を大胆に取り込んだ金沢らしい出迎えの空間です。駅の外に一歩出た瞬間から、すでに建築の旅は始まっています。
金沢21世紀美術館——SANAAが問いかける「開かれた建築」
金沢が現代建築の聖地として知られる最大の理由は、妹島和世・西沢立衛によるユニット「SANAA」が設計した金沢21世紀美術館(2004年開館)にあります。直径112mの円形ガラス張りという大胆な設計は、「まちに開かれた公園のような美術館」というコンセプトを建築として体現したものです。
外壁はほぼ全面ガラスで構成され、内部から外の風景が見え、外から内の様子が透けて見えます。来館者と街の人々が建物を通して視線を交わす——そんな「透明性」が、美術館と市民の境界を意図的に溶かしています。展示室は大小さまざまな白いボックスが円の中に散在し、動線は一方向ではなく自由に選べる設計です。
特に有名なのが、アルゼンチンのアーティスト、レアンドロ・エルリッヒによる常設作品「スイミング・プール」。地上から見ると水が満たされたプールに見えますが、地下に降りると天井のガラスを通して人々が水面に立っているように見える錯視空間で、建築と美術の境界が消えていく体験ができます。入場無料のパブリックスペースも充実しており、気軽に建築空間を体感できます(常設展は一般1,000円〜1,800円)。
鈴木大拙館——谷口吉生が設計した「思索の空間」
金沢21世紀美術館から徒歩約15分、本多の森に佇む鈴木大拙館(2011年開館)は、世界的建築家・谷口吉生による作品です。谷口は東京国立博物館法隆寺宝物館やニューヨーク近代美術館(MoMA)の増築でも知られ、「静謐と秩序」を建築言語とする日本を代表する建築家です。
館は「展示空間」「学習空間」「思索空間」の三棟で構成され、それぞれが水庭を囲むようにして配置されています。鈴木大拙は禅の思想を世界に広めた金沢出身の哲学者ですが、谷口はその「禅」の精神を建築に変換することを試みました。
中核となる思索空間は、水面を渡る一本の橋を通ってのみアクセスできます。水に囲まれた静寂の部屋に座ると、外の喧騒が遮断され、自然と内省へと向かう空間体験が生まれます。建築が人間の意識や時間の感覚に働きかける——その実例を体感できる施設として、建築を学ぶ人にとって必訪の場所です(入場料一般300円)。
ひがし茶屋街・長町武家屋敷跡——江戸の建築語彙を読む
金沢には国の重要伝統的建造物群保存地区が市内に三か所あります。ひがし茶屋街、主計町(かずえまち)茶屋街、そして長町武家屋敷跡です。
ひがし茶屋街は1820年に加賀藩が整備した茶屋(置屋・茶屋が一体となった花街)の町並みで、紅殻格子(べんがらごうし)と呼ばれる赤茶色の縦格子が特徴的です。格子は内側から外が見えますが、外から内は見えにくい構造になっており、茶屋という空間の性格を建築的に表現しています。外壁の漆喰、建物の間口の広さ、二階の出格子の高さなど、江戸後期の職人技が細部に息づいています。
長町武家屋敷跡では、土塀と石畳の路地がほぼ当時のまま残り、上中級武士の住居形式を読み取ることができます。武家屋敷の間取りは、主人の動線と使用人の動線を完全に分離する構造になっており、身分制度が建築空間に直接反映されていた時代の思想を体感できます。復元公開されている野村家(入場料550円)では、庭と建物の空間構成を詳しく見学できます。
赤レンガが語る——石川県立歴史博物館と明治の洋風建築
明治から大正にかけて、金沢にも西洋建築の波が押し寄せました。旧陸軍第九師団の兵器庫として1909〜1914年に建設された石川県立歴史博物館は、フランドル積みと呼ばれる煉瓦の積み方を用いた赤レンガ建築です。縦横交互に煉瓦を並べることで美しい市松模様が生まれ、重厚感と装飾性を両立させた明治建築の特徴を見ることができます(入場料一般300円)。
敷地内には国立工芸館(旧陸軍金沢偕行社。2020年に東京から移転)も隣接しており、工芸と建築の両面から明治の文明開化を学べます。赤レンガ棟と工芸館を繋ぐ緑地は「しいのき迎賓館」とともに「21世紀の杜」として整備され、明治・昭和・現代の建築が並ぶ唯一無二の空間を形成しています。
建築巡りを深める実践ガイド
金沢の建築を効率よく学ぶには、時代を軸にした動線設計が効果的です。午前中は鈴木大拙館と石川県立歴史博物館エリアで近現代建築を体感し、昼食後にひがし茶屋街・長町で江戸建築の細部を観察、夕方に金沢21世紀美術館でガイドツアー(毎週土曜日、無料)に参加する流れがおすすめです。
事前準備として、金沢市が運営する「金沢建築学校」(公式サイト)では建築マップのPDFが無料公開されており、見どころと見方の解説が充実しています。現地ではボランティアガイド(無料〜志納金)を活用すると、建物の来歴や設計者の意図など文献だけでは得られないエピソードを聞けます。スケッチブックを持参して外観や内部の印象をメモする習慣は、記憶の定着に非常に有効です。
建築は、石と木と時代の意思が積み重なった立体的な歴史書です。金沢の街を歩くことは、400年分のページをめくる体験に他なりません。
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