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千栗八幡宮
※写真はイメージです。

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千栗八幡宮は、佐賀県みやき町の丘上に静かにたたずむ肥前一宮です。724年の創建から令和6年(2024年)に御創建千三百年を迎えた古社であり、一宮という最高位の格式と、戦乱・庇護・信仰が幾重にも積み重なった歴史が境内の空気に染みこんでいます。

神託から始まった創建と、朝廷からの尊崇

聖武天皇の神亀元年(724年)、当時の肥前国養父郡司・壬生春成がご神託を蒙ったことが創建の起源とされています。以来、当宮は宇佐神宮の別宮として全国的な名声を持ち、平安時代には「式外五所八幡別宮」—— 大分宮・千栗八幡宮・藤崎八幡宮・新田神社・鹿児島神宮という九州に散在する五社の一つ —— として朝廷からも厚い尊崇を受けていました。全国に一宮制が確立していく過程で肥前一宮の称号を得たのも、この深い格式の積み重ねによるものです。

戦乱に巻き込まれた神域と、龍造寺・鍋島による再興

南北朝時代、境内の西側に千栗城が築かれたことで、当宮は戦国の争乱と無縁ではいられなくなりました。幾度かの社殿焼失を経た後、天正11年(1583年)に龍造寺政家がこれを再興します。その後、佐賀藩の礎を築いた鍋島直茂は慶長3年(1598年)に社領二百石を寄進し、慶長14年(1609年)には境内表坂下に現存する石造りの肥前鳥居を奉納しました。この鳥居はみやき町の重要文化財に指定されており、400年以上にわたって参拝者を迎え続けています。鍋島家による庇護は明治維新まで続き、累代の藩主たちが当宮を尊崇したことが、今日まで続く地域信仰の根幹を支えました。

近代社格の確立と、御創建千三百年

明治36年に県社、昭和15年に国幣小社へと昇格した当宮は、近代以降も地域の精神的な拠り所であり続けました。令和6年(2024年)には御創建千三百年という大きな節目を迎え、その長い歴史と文化的価値が改めて注目されています。1300年の時を経てなお現役の一宮として祈願・祭典の参拝地であり続けることは、容易なことではありません。

名誉広報部長・オカメちゃんの存在

千栗八幡宮を語るうえで外せないのが、「名誉広報部長」を務めるオカメインコのオカメちゃんです。公式サイトでも専用コーナーが設けられ、なぜオカメインコが広報部長になったのかの経緯が紹介されています。厳粛な歴史を持つ古社でありながら、このユニークな存在がSNSやメディアを通じて広く知られるきっかけとなり、若い世代にも親しまれる神社として話題を集めています。

祭典・季節の行事と限定御朱印

当宮では七夕祭(7月7日)や名越祭(6月30日)など、季節ごとの祭典が執り行われています。また限定御朱印の頒布も行われており、参拝のタイミングによって異なるご朱印を求める御朱印愛好者にとっても訪れる価値があります。境内全体の静謐な雰囲気と、1300年の歴史が刻まれた空間は、単なる観光以上の体験を与えてくれます。

アクセス

佐賀県三養基郡みやき町白壁2415

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