学び
火の国・水の国が育てた熊本の食文化 ― 馬刺し・辛子蓮根から球磨焼酎まで、その成り立ち
火の国・水の国が形づくった食
熊本の食文化は、阿蘇という巨大な火山と、その火山が生んだ豊かな地下水という二つの自然に深く根ざしています。「火の国」と「水の国」、相反するように見える呼び名が同居するのが熊本という土地です。約9万年前までに四度の大火砕流を起こした阿蘇は、水を通しやすい厚い地層を残し、その大地が今も人々の暮らしを支えています。加えて、肥後を治めた加藤清正・細川氏という二つの大名家の食の好みも、熊本ならではの料理を後世へ伝える役割を果たしました。ここでは郷土の味を、地形と歴史の成り立ちからたどってみます。
水の都が支える台所
熊本市は、約74万人の市民が使う水道水の100%を地下水でまかなう、全国でも例のない「地下水都市」です。阿蘇の火砕流がつくった地層が雨水を蓄え、白川や緑川の流域に清冽な水が湧きます。約430年前、肥後に入った加藤清正は白川の中流域に堰や用水路を築き、大規模な水田を開きました。この一帯の土は水が極端に染み込みやすく、地元で「ザル田」と呼ばれるほど。田に張られた水がそのまま地下へ戻り、長い年月をかけて市街地の地下水を育てます。食を支える水そのものが、人の手と土地の力でつくられてきたのです。市内には今も江津湖をはじめ数多くの湧水が点在し、水とともに暮らす文化が息づいています。だからこそ熊本では、水のおいしさが料理や酒の味を語る前提になっています。
火山と草原が育てた肉食
肉食が忌避された時代から、熊本は肉を口にしてきた稀な土地です。その代表が馬刺し。発祥には諸説ありますが、加藤清正が朝鮮出兵の際に軍馬を食したのが始まりといわれ、阿蘇が軍馬の産地だったことも背景にあります。広く一般に親しまれたのは明治以降、とりわけ戦後の食糧難を経てのことでした。今では熊本は馬肉生産量日本一を誇ります。
阿蘇の草原が生んだもう一つの肉があか牛(褐毛和種)です。千年にわたり人の手で野焼きされ守られてきた阿蘇の草原に放牧され、野草を食んで育ちます。明治期に在来の小柄な牛へスイスのシンメンタール種を掛け合わせて改良され、昭和に和牛として登録された比較的新しい品種ですが、その土台には阿蘇で古くから続く放牧の歴史があります。赤身が豊かで脂が穏やかなこの牛は、草原という景観そのものと一体になった畜産文化だといえます。
肥後細川藩が伝えた辛子蓮根
1632年、熊本の領主は加藤家から細川家へ替わります。熊本を代表する辛子蓮根は、この細川家にまつわる料理です。病弱だった初代藩主・細川忠利が僧から蓮根食を勧められたものの気が進まず、賄方の平五郎が蓮根の穴に辛子味噌を詰めて揚げて供したところ大いに気に入った、と伝わります。輪切りの断面が細川家の家紋・九曜紋に似ていたことから製法は門外不出とされ、庶民が口にできるようになったのは明治維新の後でした。藩の食卓から町の味へと開かれていった歴史が、一本の蓮根に刻まれています。
交流と農が生んだ日常の味
熊本の食には、海を越えた交流の跡も色濃く残ります。太平燕(タイピーエン)は、もともと中国福建省・福州の祝い料理で、明治後期に長崎を経て渡ってきた華僑が伝えたといわれます。日本では手に入りにくいアヒルの卵を揚げ卵に、具を春雨に置き換え、熊本独自のあっさりした一杯へと姿を変えました。中華の技法が地元の食材と出会って根づいた、ご当地化の好例です。今では専門の中華料理店だけでなく家庭の食卓にものぼり、熊本では身近な一品として定着しています。
一方、農村の暮らしから生まれたのがいきなり団子とだご汁です。前者は輪切りのさつまいもを生地で包んで蒸した素朴な菓子。火山灰土壌でからいも(さつまいも)づくりが盛んな大津や阿蘇山麓で、収穫期のおやつとして親しまれました。「いきなり」とは熊本弁で「手早く」の意で、急な来客にもすぐ出せることに由来するといわれます。だご汁は、小麦粉を練ってちぎった団子を季節の野菜と煮込む汁物で、農作業の合間の腹ごしらえとして受け継がれてきました。
人吉・球磨が磨いた米焼酎
熊本の南、山に囲まれた人吉・球磨盆地では、米を原料とする球磨焼酎が育まれました。中世にこの地を治めた相良氏の領内に早くから焼酎があり、文禄・慶長の役を経て大陸の蒸留技術が伝わったことも一因とされます。良質な米と球磨川水系の水に恵まれた盆地は、焼酎づくりに理想的な土地でした。球磨焼酎は1995年、世界貿易機関のルールに基づく地理的表示の産地指定を受け、人吉・球磨で米を用い、その地の水で仕込み蒸留したものだけが名乗れる、国際的に保護されたブランドとなっています。現在も人吉・球磨の各地に二十数の蔵元が点在し、米焼酎づくりの伝統が脈々と受け継がれています。盆地の地形と水が、およそ五百年の酒文化を今に伝えているのです。
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馬刺しもあか牛も、火山がつくった草原と軍馬の歴史から。辛子蓮根は藩主の食卓から。太平燕は海を渡った華僑から。いきなり団子やだご汁は農の暮らしから。そして球磨焼酎は盆地の水から。一つひとつの味の背後に、火と水という熊本の風土と、それを生きた人々の歴史が横たわっています。郷土料理を「なぜここで育ったのか」という視点で味わうとき、熊本の食はいっそう奥行きを増していきます。
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