下呂温泉
飛騨川の清流に沿って温泉宿が立ち並ぶ下呂温泉は、初めて訪れた瞬間から独特の湯の街の風情に包まれる。JR高山本線の下呂駅に降り立つと、ほのかに硫黄の香りが漂い、駅前から温泉街へと続く道のりはわずか徒歩5分ほど。山あいの谷間に広がる温泉街は、飛騨川を挟んで東西に旅館やホテル、土産物店が軒を連ね、そぞろ歩きをするだけで旅情が高まってくる。有馬温泉、草津温泉と並んで「日本三名泉」の一つに数えられるこの温泉地は、室町時代の僧・万里集九や江戸時代の儒学者・林羅山がその泉質を絶賛したことでも知られ、千年以上の歴史を誇る名湯である。
下呂温泉の最大の魅力は、何といってもそのなめらかな湯ざわりにある。泉質はアルカリ性単純温泉で、pH値9.18という高いアルカリ性を持つ。肌に触れた瞬間、とろりとした感触が全身を包み込み、湯上がりの肌はしっとりとすべすべになる。「美人の湯」の異名は伊達ではなく、一度この湯に浸かれば、その違いは誰もが実感できるだろう。温泉街には日帰り入浴施設が複数あり、代表的な「クアガーデン露天風呂」では飛騨川のせせらぎを聞きながら野趣あふれる露天風呂を楽しめる。また、「白鷺の湯」は大正時代から続く歴史ある公衆浴場で、地元の人々にも愛され続けている共同浴場だ。日帰り入浴は600円から1,000円程度とリーズナブルで、気軽に名湯を堪能できるのも嬉しい。
温泉街の散策も下呂温泉の大きな楽しみの一つだ。街のあちこちに無料の足湯スポットが点在しており、「ビーナスの足湯」や「鷺の足湯」「モリの足湯」など、散策の合間にふらりと立ち寄って疲れた足を癒すことができる。特に飛騨川沿いに設けられた足湯からは、川面を渡る風を感じながらのんびりと湯浴みを楽しめる。また、温泉街の中心部には「湯めぐり手形」という仕組みがあり、加盟旅館の中から3軒の湯を巡ることができる。それぞれの宿が趣の異なる湯殿を持っているため、一つの温泉地にいながら多彩な入浴体験ができるのは贅沢そのものだ。手形自体も木製の味わい深いデザインで、旅の記念品としても人気が高い。
下呂温泉の歴史は古く、その起源は平安時代にまで遡るとされる。伝説によれば、傷ついた一羽の白鷺が飛騨川の河原に降り立ち、その場所から温泉が湧き出したのが始まりという。以来、白鷺は下呂温泉のシンボルとなり、街のいたるところでその意匠を目にすることができる。江戸時代には湯治場として栄え、徳川家康にも献上湯が届けられたという記録も残る。温泉寺の境内からは温泉街を一望でき、この寺には温泉の湧出にまつわる白鷺伝説の由来が詳しく伝えられている。石段を上った先から眺める温泉街の景色は格別で、特に夕暮れ時には旅館の灯りが飛騨川の水面に映り込み、幻想的な風景が広がる。
季節ごとに表情を変えるのも下呂温泉の魅力だ。春は飛騨川沿いの桜並木が見事で、湯上がりの肌に心地よい春風を感じながらの花見散歩は格別。夏には毎週土曜日に花火が打ち上げられ、温泉街の夜空を鮮やかに彩る「下呂温泉花火ミュージカル」は夏の風物詩として多くの観光客を惹きつける。秋になると周囲の山々が紅葉に染まり、露天風呂から眺める錦秋の景色は筆舌に尽くしがたい美しさ。そして冬は、雪化粧をまとった温泉街がしんと静まり返り、湯けむりと雪景色のコントラストが最も風情を感じさせる季節となる。冬季限定の「花火物語」では、毎週土曜日に趣向を凝らした花火が冬の夜空に咲き、凛とした空気の中で見る花火は夏とはまた違った美しさがある。
食の楽しみも下呂温泉では欠かせない。飛騨地方ならではの「飛騨牛」は、きめ細やかな霜降りと深い旨味が特徴で、温泉街の食事処や旅館の夕食で味わうことができる。朴葉味噌焼きは飛騨の郷土料理の代表格で、朴の葉の上に味噌とネギ、椎茸などをのせて炭火で焼く素朴ながら滋味深い一品だ。また、下呂温泉名物の「トマト丼」は地元産のトマトと飛騨牛を組み合わせたご当地グルメとして人気を博している。温泉街のそこかしこで売られている温泉たまごや、地元の酒蔵が造る地酒も旅の味わいを深めてくれる。飛騨川で獲れる鮎の塩焼きは夏季限定の贅沢で、炭火でじっくりと焼かれた鮎は頭から尾まで丸ごといただける。
周辺の観光スポットも豊富で、下呂温泉を拠点にした観光の幅は広い。温泉街から車で約10分の「下呂温泉合掌村」は、白川郷から移築された合掌造りの民家を集めた野外博物館で、飛騨の伝統的な暮らしぶりを体感できる。陶芸や紙すきなどの体験メニューも充実しており、雨の日でも楽しめるのがありがたい。少し足を延ばせば、飛騨高山の古い町並みや世界遺産の白川郷へもアクセスしやすく、下呂温泉を旅の拠点として飛騨路を巡る周遊コースは非常に人気がある。高山へはJR高山本線で約45分、白川郷へは高山経由のバスで訪れることができる。名古屋方面からは特急「ひだ」で約1時間40分と、都市部からのアクセスも良好だ。
下呂温泉は、名湯の質、街歩きの楽しさ、食の豊かさ、そして四季折々の自然美が見事に調和した温泉地である。慌ただしい日常から離れ、飛騨川のせせらぎに耳を傾けながら、千年の歴史を持つ湯に身を委ねるひとときは、何にも代えがたい至福の時間だ。日帰りでも十分に楽しめるが、できれば一泊して、朝夕の温泉街の移ろいを味わい、夜には静かな湯に浸かりながら星空を眺める贅沢を体験してほしい。何度訪れても新しい発見がある下呂温泉は、日本の温泉文化の奥深さを教えてくれる、まさに名泉の名にふさわしい湯の里である。
アクセス
JR下呂駅から徒歩約5分
営業時間
10:00〜21:00(最終受付20:30)
予算内訳
大人
¥800
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