
三仏寺投入堂
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鳥取県のほぼ中央、中国山脈の脊梁部北側にそびえる標高899.9mの三徳山。その急峻な北斜面の断崖に、まるで投げ込まれたかのように張り付く国宝の建物がある。天台宗修験道三徳山法流の古刹・三徳山三佛寺(さんぶつじ)は、座禅・写経・火渡り・滝行といった修行体験から参拝登山まで、修験道の伝統を今に体感できる聖地として多くの人を引きつけている。
伝説が生んだ絶壁の国宝「投入堂」
三徳山最大の見どころは、北面の標高約500m地点に建つ奥院・投入堂(なげいれどう)だ。修験道の開祖・役行者(役小角)が法力でお堂を手のひらほどに小さくし、大きな掛け声とともに断崖絶壁の岩窟に投げ入れたという伝説が、その名の由来とされている。建立方法は現代に至っても謎のままだが、2001年に奈良文化財研究所が実施した年輪年代測定により、平安時代後期(1086〜1184年)に建てられたことが科学的に確認された。
写真家・土門拳が「日本第一の建築は?と問われたら、三佛寺投入堂をあげるに躊躇しないであろう」と記したその姿は、凝灰角礫岩の急崖を足場とし、上部には柱状節理の発達した安山岩溶岩が覆いかぶさるように張り出した、地形と一体化した唯一無二の構造を持つ。軽快で洗練された外観は四季折々の山の色彩と溶け合い、訪れるたびに異なる表情を見せる。
国宝と重要文化財が点在する境内
三佛寺の境内は、麓の輪光院・正善院・皆成院の三院と本堂を起点に、本堂裏の宿入橋を渡った先の急峻な北斜面全体に広がる。文殊堂・地蔵堂・納経堂・投入堂という複数の国宝建造物に加え、鐘楼・観音堂・元結掛堂・不動堂・十一面観音堂などが岩肌に沿って建ち並んでいる。これらすべてが国の史跡名勝に指定された区域内にあり、境内一帯は昭和9年(1934年)以来、手つかずの自然とともに保護されてきた。
寺の縁起は慶雲三年(706年)、役小角が三弁の蓮花を散らし、その一弁がここに落ちたことに始まると伝わる。その後、嘉祥二年(849年)に慈覚大師(じかくたいし)が伽藍を建立し、阿弥陀・釈迦・大日の三尊を安置したことで「三佛寺」の名が定着したとされる。源頼朝・足利義満ともに同寺を深く尊崇し、盛時には38寺49院を数えたというが、兵火によりその多くが失われた。
修験道の行場と参拝登山
三徳山には、下段行場(宿入橋〜投入堂)・中段行場(投入堂手前から絶壁・洞窟を経て仙人岩へ)・上段行場(投入堂上部の急峻な岩場周辺)・裏行場(投入堂手前〜神倉)という4か所の行場があったとも伝えられ、山全体が修験の場として機能している。
現在の参拝登山では、輪袈裟を掛けて行者道を歩き、投入堂手前まで参拝する。木の根や岩をよじ登る箇所、鎖伝いに進む箇所があり、滑落事故防止のため警察の指導のもとで入山許可が管理されている。受付時間は8時から15時(下山時間16時30分)と定められており、危険と判断された場合は入山を断られることもある。山の聖域を守るため、境内地はドローン等の飛行禁止区域に指定されている。
原生の自然と希少植物が息づく霊山
三徳山の自然もまた、この聖地の大きな魅力の一つだ。本堂裏の標高約300mから山頂の約900mにわたり、広大な原生的自然林が人工林に分断されることなく連続して残っている。照葉樹林帯(ウラジロガシなど)から冷温帯落葉広葉樹林帯(ブナなど)までが途切れずつながる区域は、県内でも極めて稀少とされる。
絶滅危惧植物も多く自生しており、ハコネシダをはじめ、「ミトクナデシコ」のように三徳山の名を冠した植物も存在する。また、三徳川流域の地層からは広葉樹・針葉樹を含む多様な植物化石が産出しており、「三徳型植物群」として日本の後期中新世を代表する貴重な化石植物群にも数えられている。信仰と自然保護が重なり合うかたちで、この山の価値は今も守られ続けている。
アクセス
鳥取県東伯郡三朝町三徳1010
営業時間
8:00~15:00(下山時間16:30まで)
料金目安
投入堂参拝登山料:大人1,200円、小人(小中学生)600円、入山志納金別途(大人400円、小人200円)
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