
新田原古墳群
GALLERY
宮崎県児湯郡新富町の広大な田園地帯に、207基もの古墳が浮かび上がるように点在する新田原古墳群(にゅうたばるこふんぐん)。昭和19年に国の史跡に指定され、2018年には「古代人のモニュメント-台地に絵を描く 南国宮崎の古墳景観-」として日本遺産に認定されました。宮崎県内では2番目の規模を誇り、保存状態のよさと古代景観の維持が全国的にも高く評価されています。
田畑と古墳が共存する奇跡の景観
一ツ瀬川東部の台地上に広がるこの古墳群の最大の特徴は、現在の農地と古墳がそのまま共存していることにあります。水神塚、機織塚、百足塚などと名付けられた前方後円墳が、見渡す限りの田畑の中に点在するこの風景は、後世の人々が古墳を壊さずに周囲を開墾してきたことで形作られました。そこには現代にまで続く、古墳への深い畏敬の念が根底にあります。この「生きた景観」の中を歩くことで、古墳時代300年にわたる歴史を肌で感じることができます。
古代権力の変遷を刻む地
新田原古墳群が位置する一ツ瀬川流域は、日向地方でも有数の古墳密集地帯です。古墳時代前期には各地の首長たちが競うように前方後円墳を築き始め、中期には女狭穂塚・男狭穂塚という巨大古墳が台頭することで、流域の権力が一極集中したとみられています。しかしその権力も長続きせず、後期になると、新田原古墳群の中の支群である祇園原古墳群に、他を圧倒する規模の首長墓が次々と造られるようになりました。古墳群を巡ることは、この地における古代権力の盛衰をたどる旅でもあります。
西日本屈指の埴輪が眠る百足塚古墳
祇園原古墳群の中でも特に注目すべきは、百足塚古墳(新田原58号墳)です。6世紀中頃の築造とされるこの前方後円墳は墳長82メートルを誇り、新富町教育委員会による発掘調査で驚くべき成果が得られました。墳丘からは円筒埴輪が、墳丘西側の周堤部分からは人物・動物・家など多種多様な形象埴輪が大量に出土し、その数と内容は西日本でも有数のものとされています。また後円部の西側に横穴式石室の入口が発見されており、埴輪の編年から日向地方でも最古級の石室である可能性が高いとされています。被葬者は古墳時代後期における日向地方の有力首長と推定されています。
それぞれに個性を持つ古墳たち
百足塚古墳に隣接する新田原62・63号墳は、それぞれ約15メートル・約30メートルの円墳で、百足塚と共通する特徴を持つ埴輪が出土しています。大首長の墓の近くに造られた「陪塚(ばいちょう)」と呼ばれるもので、首長の近親者の墓と考えられています。墳長84メートルの大久保塚古墳(新田原92号墳)は5世紀半ばの築造とされ、祇園原支群中3番目の大きさを誇ります。機織塚古墳では馬や猪と思われる動物埴輪の脚部が発掘されており、水神塚古墳は墳長49.4メートル・高さ5.8メートルの整った前方後円墳で、盾形の周濠や埴輪の配列痕跡が確認されています。それぞれの古墳が独自の特徴を持ち、古代の首長たちの個性や時代背景を今に伝えています。
周辺の古墳群と合わせて巡る
新田原古墳群だけでなく、周辺には日向地方を代表する古墳群が点在しています。花の名所としても知られ四季折々の花を楽しめる西都原古墳群は、観光スポットとしても名高い存在です。一ツ瀬川流域に連なる複数の古墳群を合わせて訪れることで、古墳時代における日向地方の歴史をより立体的に理解することができます。
アクセス
JR日豊線「日向新富駅」からタクシーで約15分 JR日豊線「佐土原駅」からタクシーで約25分 宮崎交通バス停「祇園原」下車 徒歩約10分 東九州自動車道「西都IC」から車で約15分
営業時間
問い合わせ受付時間 9:00〜17:00(土・日・祝祭日を除く)
外部予約・検索サイトで探す
下記の外部サイトで本店舗・施設の予約・在庫状況をご確認いただけます。
※ 外部サイトへのリンクには広告 (アフィリエイト) を含みます。
RELATED SPOTS
関連するスポット(8件)
宮崎県高千穂町三田井
高千穂夜神楽
天照大神の岩戸開きなど日本神話を舞で表現する高千穂の伝統芸能。幻想的な篝火の中で鑑賞。
宮崎県宮崎市
西橘通り・宮崎お土産ショッピング
宮崎の繁華街・西橘通りでマンゴーや地鶏グッズなど宮崎土産をショッピング
宮崎県日南市
飫肥城下町
「九州の小京都」と呼ばれる旧飫肥藩の城下町
NEARBY
周辺のスポット(8件)












