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法輪寺
※写真はイメージです。

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四国八十八ヶ所巡りの第9番札所、正覚山菩提院法輪寺は、徳島県阿波市に静かにたたずむ高野山真言宗の古刹です。弘法大師による創建から1200年余り、幾度もの兵火と火災を乗り越えて現在の姿に至るこの寺には、他に類を見ない本尊と、足腰健康祈願にまつわる温かな信仰が息づいています。

白蛇の導きと涅槃像の創建

815年、この地を巡教していた弘法大師は、山中で一匹の白蛇に出会いました。古来より白蛇は仏の使いとされており、大師はそれを吉兆と受け取り、釈迦の入滅の姿をかたどった涅槃像を自ら彫り上げて寺を創建したと伝えられています。当時は「白蛇山法林寺」と称し、現在地から北へ約4キロ離れた法地ヶ渓に壮大な伽藍が広がっていました。

珍しい涅槃釈迦如来像と年1度の御開帳

法輪寺の本尊は「釈迦涅槃像」という点が四国霊場のなかでも際立った特徴です。像は頭を北に、顔を西に向け、右脇を下にして横たわる姿で彫られています。傍らには白く枯れた沙羅双樹、そして釈迦を慕って嘆き悲しむ羅漢や動物たちの像が並び、入滅の情景が立体的に表現されています。この涅槃釈迦如来像は秘仏として大切に守られており、公開は年に一度のみ。訪れるお遍路さんや参拝者にとって、御開帳のタイミングに巡り合うことは特別な縁とされています。

兵火・火災を経た数奇な歴史

1582年、戦国の動乱の中で長宗我部元親の軍勢が放った兵火により、伽藍は全焼。礎石と焼土だけが残されました。その後、正保年間(1644〜48年)に現在の場所へ移転・再建され、このとき住職が「転法輪によって覚りを開いた」ことにちなんで山号を「正覚山」、寺名を「法輪寺」と改めました。

しかし試練はさらに続きます。1859年、村人が境内で浄瑠璃芝居の稽古をしていた際に出火し、鐘楼堂一棟を残してふたたび全焼。現在目にすることができる堂宇は、明治時代に再建されたものです。

明治天皇から下賜された寺宝「弘法大師御衣」

法輪寺には「弘法大師御衣」という貴重な寺宝が伝わっています。高野山奥の院では弘法大師の衣を替える儀式が伝統的に行われており、その縁にちなんで1882年(明治15年)に明治天皇から法輪寺へ下賜されたものです。大師信仰と皇室との深いつながりを示すこの御衣は、寺の歴史を語るうえで欠かせない宝物となっています。

足腰健康祈願と「わらじのお守り」

法輪寺をことさら有名にしているのが、足腰健康祈願の信仰です。むかし、松葉杖なしには歩けなかった人が参拝を続けたところ、参道の途中で突然足が軽くなり、松葉杖を持たずとも歩けるようになったという言い伝えが残されています。それ以来、全快や回復の感謝を込めた草鞋が本堂に数多く奉納されるようになりました。

現在でもその信仰は篤く、「足腰お願いわらじ」というお守りが納経所で受け取れます。ひざや腰の痛みに悩む参拝者がわらじのお守りを手に祈りを捧げる姿は、遍路文化とともに今も受け継がれています。

日本遺産に認定された四国遍路文化の一端として

法輪寺が属する四国八十八ヶ所霊場の遍路文化は、2015年(平成27年)に文化庁から日本遺産の認定を受けました。長い歴史を通じて地域社会と共に生き続けてきたこの巡礼道は、単なる宗教的行為を超え、四国が誇る生きた文化遺産として国内外から注目されています。第9番札所の法輪寺もその重要な一端を担う場所として、歩き遍路から車遍路まで年間を通じて多くの巡礼者を迎え入れています。

アクセス

阿波市駅から徒歩約40分

営業時間

8:00~17:00 / 年中無休

料金目安

無料

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