鎌倉駅から徒歩わずか数分の場所に、地元の人々から長く愛されてきた古刹がある。正式名称を妙厳山 本覺寺(ほんがくじ)というこのお寺は、日蓮宗の歴史と庶民信仰が交差する場所として、今も多くの参拝者を迎えている。
夷堂に始まる、鎌倉の古い記憶
本覺寺の創立は室町時代の永享8年(1436年)に遡るが、境内に立つ夷堂(えびすどう)の歴史はさらに古く、鎌倉時代の初期頃にまで起源が伝わっている。鎌倉幕府の守護神として祀られていたとも伝えられるこの夷堂は、武士の時代から庶民の時代へと移り変わる中でも、ひとびとの信仰を集め続けてきた場所だ。
小町通りのにぎわいから一歩入ったこの境内は、観光客が行き交う鎌倉の中心部にありながら、どこかしっとりとした静けさをたたえている。木々に囲まれた参道、落ち着いた堂宇の佇まいは、長い歴史の堆積を感じさせる。訪れるたびに、日常の喧騒から切り離されるような感覚を覚えるはずだ。
日蓮聖人が逗留した、歴史の分岐点
本覺寺を語るうえで外せないのが、日蓮聖人とのゆかりである。流罪の地であった佐渡から鎌倉へと戻られた日蓮聖人は、この夷堂に40数日にわたって滞在されたと伝わっている。
その滞在中、日蓮聖人は鎌倉幕府に対して3度目の諫暁(かんぎょう)を行ったとされる。国家や権力の在り方に対して仏法の立場から訴えかけるこの行為は、しかし受け入れられなかった。その結果、日蓮聖人は身延への隠棲を決意し、以後の布教の在り方を大きく転換していくことになる。
夷堂での滞在は、日蓮聖人の生涯における重要な転換点のひとつであった。ここで聖人は法華経を読誦し、「立正安国」の顕現を一心に願われたという。権力者へ訴えることの限界を感じながらも、目の前に集まる庶民の姿を見て、「個人個人のささやかな幸せ」を願われたのではないかと、寺では伝えている。
「日朝さま」と呼ばれる眼病救護の霊験
本覺寺に参拝する際、もうひとつ知っておきたいのが、眼病救護の信仰である。同寺の第2世住職であり、身延山11世でもある行学院日朝上人(にちじょうしょうにん)は、眼病に苦しむ人々を救うという誓願を立てられた。
その誓願の精神は時代を超えて受け継がれ、現在も眼病平癒を願う多くの参拝者が訪れている。鎌倉の人々はこの日朝上人をひと言で「日朝さま」と呼ぶ。堅苦しい宗教的な敬称ではなく、身近な存在への愛称として自然に定着しているこの呼び名が、お寺と地域の関係を端的に物語っている。
眼病に悩む人はもちろん、眼の健康を願う人、仕事や勉強で目を酷使する人など、現代においても「日朝さま」への信仰は途絶えることなく続いている。スマートフォンやパソコンの使用が当たり前になった今の時代、この霊験はむしろ身近に感じられるかもしれない。
鎌倉の正月を彩る「初えびす」と「十日えびす」
本覺寺は、年間行事としても地域に深く根付いている。特に有名なのが、毎年1月の「初えびす(1月5日)」と「十日えびす(1月10日)」だ。えびす様をお祀りする夷堂にちなんだこの行事は、商売繁盛・家内安全を願う多くの人々でにぎわい、福笹や縁起物が授与される。
鎌倉の正月風景のひとつとして知られるこの祭事は、地元の商店主や企業関係者だけでなく、遠方から訪れる参拝者も多い。初詣の時期に鎌倉を訪れる機会があれば、ぜひ足を運んでみたい行事だ。境内に人々が集まり、新年の福を願う光景は、古来から庶民に寄り添ってきた本覺寺らしい風景といえる。
また、境内には本堂のほか、夷堂、鐘楼など複数の堂宇が立ち並んでおり、静かに境内をめぐるだけでも歴史の重みを感じることができる。訪問の際は時間に余裕を持って、ゆっくりと境内を散策してみることをすすめる。
鎌倉観光の起点として
本覺寺の所在地は、神奈川県鎌倉市小町1丁目12番12号。JR横須賀線・湘南新宿ライン「鎌倉駅」東口から徒歩約3〜5分という好立地にある。観光地として人気の高い小町通りの延長線上に位置しており、鎌倉観光の動線の中に自然に組み込むことができる。
なお、境内に専用駐車場はないため、車でのアクセスは周辺の有料駐車場を利用することになる。鎌倉中心部は交通渋滞も多いため、電車でのアクセスが現実的だ。
鎌倉といえば北鎌倉の禅寺や長谷の大仏が定番コースとして挙げられることが多いが、鎌倉駅周辺にも本覺寺のような歴史ある寺院が点在している。観光のピークを避けた平日の午前中に訪れると、より落ち着いた雰囲気の中で参拝できるだろう。
日蓮宗の歴史、眼病救護の信仰、えびす様との縁——さまざまな側面を持つ本覺寺は、「鎌倉らしさ」を肩書きに頼らず、地域の生活の中に静かに息づいてきたお寺だ。「日朝さま」と親しみを込めて呼ぶ地元の人々の声に、その本質が宿っているように思える。
交通
鎌倉駅から徒歩圏内
營業時間
預算