箱根湯本駅から早川沿いに数分ほど歩いた塔之澤の静かな一角に、明治時代から続く老舗旅館「福住楼」があります。国の登録有形文化財にも指定されたその佇まいは、温泉情緒と歴史の重みを今もそのままに伝える、箱根でも特別な存在感を放つ宿です。
明治の面影を今に伝える歴史
福住楼の歴史は明治時代にさかのぼります。現在残る建物の多くは明治中期から後期にかけて建てられたもので、木造の外観や廊下、客室の意匠には当時の職人の技が随所に息づいています。その歴史的価値が認められ、国の登録有形文化財として登録されており、宿泊施設でありながら同時に生きた文化遺産でもあります。
明治・大正期の文人や画家たちにも愛された宿として知られており、夏目漱石や与謝野晶子らが滞在したという記録も残っています。文化人たちが好んで逗留したのは、単に温泉の質が良いからだけでなく、早川の渓谷美と静けさ、そして旅館そのものが持つ趣のある空間が、創作活動にふさわしい環境を与えてくれたからでしょう。廊下を歩くたびに軋む木の音、窓の外に広がる渓流の景色——そのひとつひとつが、当時のまま受け継がれています。
塔之澤という場所の魅力
福住楼が建つ塔之澤は、箱根湯本と塔之沢温泉郷の境界にあたるエリアで、観光客で賑わう湯本の中心部からは少し距離を置いた静かな立地です。早川の清流が間近に流れ、対岸には緑豊かな山肌が広がるこのロケーションは、江戸時代から湯治客に親しまれてきた箱根の原風景といえます。
塔之澤温泉は箱根十七湯のひとつに数えられ、アルカリ性単純温泉の湯は肌に優しくなめらかな湯質として知られています。福住楼では源泉から引いた湯を使う浴場を備えており、歴史ある建物の中で箱根の名湯をゆっくりと楽しむことができます。渓谷に面した浴室からは早川の流れや山々の緑を眺めながら入浴できる開放感があり、都市の喧騒を忘れさせてくれる特別な時間を提供してくれます。
建築と空間に宿る職人の技
福住楼を訪れる際にぜひ注目したいのが、建物そのものの意匠です。登録有形文化財に指定されている木造建築群は、明治期の大工・左官職人たちの高い技術を今に伝えています。格天井や欄間の彫刻、床の間の設え、丁寧に組まれた木組みなど、現代の建築では再現の難しい細部の美しさが随所に見られます。
廊下を歩くだけでも、各所に施された装飾や古い建具の味わいを楽しむことができます。客室は和室が中心で、障子越しに差し込む光が時間の経過とともに変化し、宿そのものが自然の一部であるかのような錯覚を覚えます。長い歳月をかけて磨かれた木材の艶や、使い込まれた畳の温かみは、新建材では決して出すことのできない深みを持っています。こうした建築的価値を間近に体験できる場として、福住楼は建築や歴史に関心を持つ訪問者にも高く評価されています。
季節ごとの楽しみ方
福住楼の魅力は一年を通じて変化します。春には早川沿いに桜が咲き、水面に花びらが舞い散る様子は情緒豊か。4月上旬から中旬にかけての花見の季節は、歴史的な旅館と桜景色が相まって格別の雰囲気を醸し出します。
夏は新緑が山を覆い、早川の清流が涼やかな風を運んできます。渓谷の涼気の中で入浴を楽しむ夏の温泉は、都市の暑さを忘れさせる心地よさがあります。秋には周辺の山々が紅葉に染まり、箱根の中でも早川沿いの錦秋は特に美しいとされています。宿の窓から眺める紅葉は、まるで一幅の日本画のようです。冬は箱根の山に雪が積もることもあり、雪景色の中で湯につかる体験は格別の贅沢です。冬季は比較的訪問者が少ないため、静かにゆっくりと過ごしたい方には特にお勧めのシーズンです。
アクセスと周辺情報
福住楼へのアクセスは、小田急線・箱根登山鉄道「箱根湯本駅」から早川沿いの道を歩いて約5〜10分ほどです。駅からの道のりは平坦で歩きやすく、川の流れや山の緑を眺めながら旅館へと向かうアプローチ自体も楽しみのひとつです。車の場合は小田原厚木道路の小田原西インターチェンジから約20分ほどです。
周辺には箱根湯本温泉街があり、土産物店や飲食店が立ち並ぶ賑やかなエリアが徒歩圏内にあります。箱根湯本から箱根登山鉄道を利用すれば、強羅や仙石原、芦ノ湖方面へのアクセスも容易です。箱根ガラスの森美術館や箱根彫刻の森美術館、大涌谷などの観光スポットもデイトリップで楽しめる距離にあり、福住楼を拠点に箱根全体を巡る旅のプランも立てやすい立地です。
宿泊の際は事前予約が必要です。予約・問い合わせは電話(0460-85-5301)にて受け付けています。歴史的建造物を維持・保全しながら現役の旅館として営業を続けるその姿勢は、地域の文化財を守りながら次世代に伝えるという使命感の表れでもあります。箱根を訪れる際には、観光スポット巡りだけにとどまらず、こうした歴史ある宿に足を運んで、時間の流れが緩やかな空間で箱根の深みを感じてみてください。
交通
箱根湯本駅から徒歩圏内
營業時間
預算