将棋の聖地として知られる山形県天童市。日本で流通する将棋駒の95%以上がこの街で生まれることをご存知でしょうか。古くから受け継がれてきた職人技と、将棋文化への深い愛情が息づくこの街を訪れれば、盤上のゲームがまったく新しい姿で見えてくるはずです。
天童が将棋駒の産地になったわけ
天童で将棋駒の生産が始まったのは江戸時代後期のこと。当時、天童藩は財政難に苦しんでおり、藩士たちの副業として将棋駒作りが奨励されました。武士としての仕事が少なくなっていた藩士たちは、冬の農閑期を利用して駒を彫ることで生計を補ったとされています。その後、明治維新によって武士という身分がなくなると、駒作りはそのまま市民の産業として根付き、天童の地場産業へと発展していきました。
現在では、天童市は「将棋のまち」として全国に知られ、市内のあちこちに将棋駒をモチーフとしたモニュメントが設置されています。駅前には大きな将棋の駒が展示され、歩道のタイルにも駒のデザインが施されるなど、街全体が将棋文化を誇りをもって発信しています。
専門店で出会う「本物の駒」
天童市内には将棋駒の専門店や工房が点在しており、それぞれに個性があります。店頭に並ぶ駒は、数千円の入門用から数十万円を超える最高級品まで幅広く、訪れる人の目的や予算に合わせて選ぶことができます。
最高峰とされるのが「彫り駒」と「彫り埋め駒」、そして「盛り上げ駒」です。彫り駒は職人が一枚一枚ノミで文字を彫り込んだもの、彫り埋め駒はその溝に漆を埋めてさらに磨き上げたもの。そして盛り上げ駒は、漆を何度も重ねて文字を立体的に浮かび上がらせた最高級品で、熟練職人が仕上げた一組は芸術品と呼ぶにふさわしい美しさを持ちます。専門店ではガラスケース越しにじっくりと眺めることができ、漆の光沢と職人技の繊細さを間近で堪能できます。
プロ棋士が実際に使用する駒もこの天童から生まれており、タイトル戦の対局で使われた著名な駒のレプリカや、棋士の揮毫をもとに制作された特別な駒なども取り扱う店舗があります。将棋ファンであれば、それだけで訪問する価値があると感じるでしょう。
工房見学で触れる職人の世界
一部の店舗や工房では、制作過程を見学させてもらえることがあります。職人が静かに向き合い、小さなノミで木地に文字を刻んでいく姿は、時間を忘れさせる迫力があります。将棋駒に使われる木材は、ツゲが最高級とされており、なかでも鹿児島県産の薩摩ツゲや宮崎県産のものが珍重されます。ツゲは成長が非常に遅い木で、直径10センチ程度の材を得るだけで数十年かかると言われており、それゆえに高価な駒の価値が生まれます。
彫りの工程では、職人は同じ種類の文字を何枚もまとめて彫ることで、一組の駒の文字の均一性と品質を保ちます。わずかな手のブレも許されない緊張感の中で、黙々と作業を続ける職人の姿は、日本の伝統工芸の真髄を感じさせます。見学の際には静かに観察し、職人の仕事の邪魔にならないよう配慮しましょう。
将棋グッズでお土産選びを楽しむ
専門店には高級駒だけでなく、将棋をテーマにしたユニークなグッズも豊富に揃っています。将棋駒の形をしたストラップやマグネット、キーホルダーは定番の人気土産で、駒の文字が入ったものから可愛らしいイラストデザインのものまでバリエーションがあります。
また、将棋駒をかたどったお菓子も見逃せません。天童の名物のひとつとして定着している「将棋駒せんべい」や「将棋駒チョコレート」などは、見た目のかわいさと地元感から手土産として非常に喜ばれます。将棋をよく知らない人へのお土産としても会話のきっかけになるため、幅広い層におすすめです。
将棋に興味を持ちはじめた子どもや初心者向けには、リーズナブルな練習用駒のセットも充実しており、本格的な木製の駒を手頃な価格で購入できます。専門店のスタッフは将棋駒に詳しいプロフェッショナルでもあるため、用途や予算を伝えれば最適な一組を提案してもらえます。
季節ごとの楽しみ方
天童市を訪れる最大の見どころのひとつが、毎年4月に開催される「人間将棋」です。これは天童市の春の一大イベントで、舞鶴山の山頂を巨大な将棋盤に見立て、鎧兜に身を包んだ人間が将棋の駒となって対局を行うという、全国的にも珍しいイベントです。地元の人々や観光客が盛り上がるこの時期に合わせて天童を訪れると、将棋専門店も活気に満ちており、限定グッズや特別展示が並ぶことも少なくありません。
冬は山形の豊かな雪景色の中でゆったりと店巡りを楽しめる季節です。天童市内には天童温泉があり、将棋駒めぐりと温泉を組み合わせた旅も人気があります。温泉宿のなかには将棋にまつわるデコレーションが施された宿もあり、将棋ファンには特別な体験となるでしょう。
アクセスと周辺情報
天童市へのアクセスは、JR山形新幹線を利用するのが便利です。東京駅から山形駅まで約2時間30分、山形駅からJR奥羽本線に乗り換えて天童駅まで約15分で到着します。天童駅周辺に専門店や工房が集まっているため、駅を拠点に徒歩や自転車でめぐることができます。
近隣観光地としては、山形市内の山寺(立石寺)や上山城、また果物の産地としても有名な山形の観光果樹園なども組み合わせると充実した旅程になります。将棋専門店めぐりは半日程度で楽しめるため、山形県内の他のスポットと組み合わせた1泊2日の旅が特におすすめです。将棋が好きな人もそうでない人も、天童ならではの職人文化と歴史の重みに触れることで、きっと新しい発見があるはずです。
アクセス
JR天童駅から徒歩5分
営業時間
9:00〜17:00
料金目安
1,000〜100,000円