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高山稲荷神社

高山稲荷神社

※写真はイメージです。

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青森県つがる市の高山の地に鎮座する高山稲荷神社は、五穀豊穣・海上安全・商売繁盛の御神徳で知られるパワースポットであり、朱塗りの鳥居が連なる「千本鳥居」の光景が全国からの参拝者を引きつけます。その境内には、鎌倉・室町から江戸にかけての重層的な歴史が刻まれています。

二つの神社が重なる地の歴史

高山という土地には、稲荷神社が創建されるよりもはるか以前から聖地としての素地がありました。この地を治めた豪族・安藤氏が境内社である三王神社を創建し、山王坊日吉神社を中心に十三の寺院が建ち並ぶ一大霊場として栄え、安藤氏の祈願所として機能していました。しかし1443年(嘉吉三年)頃、南部勢の焼き討ちによってその霊場は焼失。この時、山王大神が黄金の光を放ちながら流れ星のように高山の聖地に降り鎮まったと伝えられており、この神話的な伝承が「高山」という地名の霊性をいまも支えています。

赤穂事件と稲荷神社の創建

稲荷神社の創建は、江戸時代の元禄十四年(1701年)、あの「忠臣蔵」の発端となった事件と深く結びついています。赤穂藩主・浅野内匠頭長矩が江戸城中で刃傷事件を起こして藩が取り潰されたとき、赤穂城内に祀られていた稲荷大神の御霊代を藩士の寺坂三五郎が奉戴して城を去りました。流浪の末に津軽の弘前城下へ辿り着き、やがて鯵ヶ沢へ移って「赤穂屋」と号して醸造業を営んだその子孫が、お島への移住にあたり「この高山の霊地に祀れ」というお告げを受け、遷し祀ったのが当社の起源とされています。赤穂浪士の物語と東北の神社がこれほど直接的に繋がっている例は稀で、境内をめぐる際にこの数奇な来歴を思うと、参拝の重みが増します。

千本鳥居と御神徳

江戸時代の稲荷信仰の隆盛とともに稲荷神社は繁栄し、かつての三王神社をしのぐ存在となっていきました。現在、境内でもっとも印象的な光景が「千本鳥居」です。朱塗りの鳥居が連続して並ぶ「神様と人をつなぐ朱の道」は、五穀豊穣・海上安全・商売繁盛を司る御神徳への篤い信仰の積み重ねそのもの。農業・漁業・商業と幅広い生業を守る神社として、つがる市周辺だけでなく広く東北一円から参拝者が訪れます。

年間を彩る豊かな祭事

高山稲荷神社の一年は、月ごとに祭事が組まれるほど密度が高いのが特徴です。元旦の「歳旦祭」に始まり、二月には「節分祭」「初午祭」「紀元祭」「天長祭」と続きます。旧暦三月十日の「春季大祭」、四月二十九日の「昭和祭」を経て、六月には「交通安全祈願祭」と「夏越しの大祓式(六月三十日)」、旧暦六月十日には「夏季大祭」が催されます。八月十日の「鎮魂祭」、九月二十五日の「例大祭」、十一月二十三日の「新嘗祭」、そして十二月三十日の「年越の大祓式」で一年を締めくくる——この充実した祭事暦は、地域の暮らしに神社が深く根ざしていることを示しています。

御朱印と参加型イベントで深まる参拝体験

近年は参拝者が主体的に関われるイベントも加わっています。切り絵の技法で自分だけの御朱印を作る「切り絵で作る御朱印ワークショップ」はすでに第3回を迎え、御朱印文化を手仕事として体感できる機会として注目されています。また「御刻印祭り」ではゲストを招いた限定御刻印の頒布が行われ、特定日しか入手できない御朱印を求めて遠方からの参拝者も訪れます。季節ごとに頒布される御朱印(水無月には茅の輪をモチーフにした「夏越大祓式」仕様など)も充実しており、何度訪れても新しい発見がある神社です。

アクセス

青森県つがる市牛潟町鷲野沢147-1

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