毎年冬になると、北海道・鹿追町の然別湖に奇跡の村が現れる。氷点下20度を下回ることもある極寒の中、湖面に出現するのは「しかりべつ湖コタン」——氷と雪だけで作られた幻の集落だ。アイヌ語で「村」を意味する「コタン」の名を冠したこのイベントは、北海道の冬をもっとも鮮烈に体感できる場所として、国内外から多くの旅人を惹きつけている。
然別湖という舞台——北海道最高所の湖
しかりべつ湖コタンの舞台となる然別湖は、大雪山国立公園の南端に位置し、標高810メートルと北海道で最も高い場所にある湖だ。面積は約9.8平方キロメートル、最大水深は100メートルを超える。周囲を原生林に囲まれ、開発の手がほとんど及ばなかったことから、「北海道最後の秘境」と呼ばれることもある。
この湖が凍り始めるのは12月下旬ごろ。1月に入ると氷の厚さは60〜80センチメートルに達し、人や車両が乗っても問題のない強固な氷原が出来上がる。この分厚い天然の土台の上にこそ、コタンの建物が立ち並ぶのだ。湖の透明度も高く、澄んだ水から生まれた氷はエメラルドがかった青みを帯び、光の当たり方によって刻一刻と表情を変える。
氷の村の全貌——アイスバーからコタン温泉まで
しかりべつ湖コタンは毎年1月下旬から3月中旬ごろまで開村し、会期中は凍結した湖の上に複数の施設が設けられる。氷のチェアやテーブルが並ぶ「アイスバー」では、氷のグラスで地元のウイスキーやカクテルを味わうことができ、幻想的な雰囲気の中での一杯は格別だ。壁も天井もすべて氷でできたバーの中は、外気よりもむしろ温かく感じられる不思議な空間となっている。
なかでも多くの来訪者を驚かせるのが「コタン温泉」——湖面に設けられた露天風呂だ。極寒の外気の中、湯けむりを上げながら湖上の温泉につかるという、世界でもほかに類を見ない体験ができる。底なしに広がる白銀の雪原、満天の星空、そして足元の分厚い氷——その非日常的な光景は、一度体験したら忘れられないと口をそろえて語られる。温泉の源泉は湖畔の然別湖畔温泉(ホテル福原)のものを引き、ナトリウム炭酸水素塩泉のやわらかな湯が冷えた体を芯から温めてくれる。
このほか氷のスライダーやかまくら体験、スノーモービルのアクティビティなども充実しており、子どもから大人まで終日楽しめる内容が揃っている。
星空と夜の魔法——コタンが最も輝く時間
しかりべつ湖コタンの真骨頂は、夜に訪れる。市街地から遠く離れた山あいの湖畔は光害がほとんどなく、晴れた夜には天の川が見えるほどの星空が広がる。その漆黒の空の下、氷の建物がイルミネーションと白熱灯でほのかに照らし出される光景は、どこか異世界に迷い込んだかのような幻想美を醸し出す。
特にカップルや写真愛好家に人気なのが、氷のキャンドルが並ぶ小道を歩くひとときだ。炎の揺らめきが氷の壁に反射し、足元には星屑のような光が広がる。長時間露出の写真撮影を楽しむカメラマンたちが夜通し三脚を立てる姿も、コタンの冬の風物詩となっている。防寒対策さえしっかり整えれば、星空観賞と温泉入浴を組み合わせた夜の滞在はこの上ない贅沢になる。
周辺情報と宿泊——湖畔温泉でのんびり過ごす
コタンへの来訪前後には、湖畔に建つ「然別湖畔温泉ホテル福原」への宿泊がおすすめだ。この一帯では唯一の湖畔ホテルで、客室からは然別湖の静謐な景色を望むことができる。コタン温泉の源泉でもあるここの湯は、入浴後も体がなかなか冷めないと評判で、日帰り入浴にも対応している。
また、鹿追町はジャガイモや小豆、豚肉などの十勝産農産物の宝庫でもある。町内のレストランでは地元の食材をふんだんに使った料理が楽しめ、帰りには道の駅「しかおい」で十勝の新鮮な野菜やチーズ、スイーツを買い求める旅人も多い。
アクセスは帯広市内から車で約1時間30分。帯広駅からは冬季限定のシャトルバスも運行される年があるため、最新情報は鹿追町観光協会のウェブサイトで確認しておきたい。なお、然別湖へと続く道道85号線は積雪・凍結が激しいため、レンタカーを利用する場合は必ず四輪駆動かスタッドレスタイヤ装着車を選ぶこと。
訪れる前に知っておきたいこと
会期は例年1月下旬から3月中旬ごろだが、気温や降雪の状況によって開村・閉村の日程が前後することがある。また、天候や湖の凍結具合によっては一部施設が営業休止になる場合もあるため、出発前に必ず公式情報を確認しておこう。
防寒対策は万全に。気温が-20℃近くまで下がる日もあるため、ダウンジャケット、防寒ブーツ、手袋、帽子、ネックウォーマーは必携だ。コタン温泉に入浴する際は水着が必要で、脱衣場スペースは屋外に近いため着替えの手早さもポイントになる。それでも、湖上の露天風呂から眺めるさえわたる冬の空は、そのような苦労を軽々と吹き飛ばす感動をもたらしてくれるはずだ。
凍てつく大地に生まれ、春の訪れとともに静かに溶けて消えていくしかりべつ湖コタン。儚さゆえにこそ、この村は毎年人々を夢中にさせ続けている。
アクセス
北海道鹿追町内、最寄り駅またはバス停からアクセス
営業時間
散策自由
料金目安
無料