メインコンテンツへスキップ
SOROU.JP日本全国情報ポータルサイト
難波神社
※写真はイメージです。

GALLERY

この店のオーナーですか?注目枠に掲載できます詳細

大阪市中央区、かつて「船場」と呼ばれた商都の中心に、難波神社は静かに鎮座しています。仁徳天皇を主祭神とし、素盞嗚尊を配祀するこの社は、古代から現代まで大阪の人々の暮らしと信仰に深く根ざしてきました。

天正年間からこの地に立ち続ける社の歩み

難波神社の起源は、反正天皇が大阪府松原市に柴籬宮を開かれたとき、父帝である仁徳天皇をご祭神として創建したと伝えられる時代にまでさかのぼります。その後、天王寺区上本町へと遷座しましたが、豊臣秀吉が大阪城を築城した天正年間(1583年)に現在地へ移り、以来この地に根を張り続けています。

しかし近代の試練は苛烈でした。昭和20年(1945年)、第二次世界大戦の大阪空襲によって社殿は全焼。仮宮の時代を経て、昭和49年7月(1974年)にようやく再建を果たし、現在の姿となっています。焼失から29年をかけて復興した社殿は、戦後大阪の復興とともに歩んだ歴史の証でもあります。

境内に宿る複数の神々

難波神社の魅力のひとつは、本社だけでなく複数の摂社・末社が境内に点在していることです。

本社の西側に位置する摂社・博労稲荷神社は、浪速の町が商都として栄えるにつれて船場の商家の中心的な信仰を集めてきた社で、古い記録にも「稲荷社」「稲荷宮」として記されているほど長い歴史を持ちます。江戸時代の商人たちが日々の商売繁盛を祈願したこの稲荷社は、現在も変わらず境内に鎮座しています。

西門横の末社・金刀比羅神社は、もとは旅所の東南隅に祀られていたものを現在の地に移した社で、由緒は詳らかではないものの江戸時代の創建当初に祭られたものと伝えられています。

境内東南隅の末社・十四柱相殿神社には、数社に分かれていた末社が火災や境内の変遷を経て統合された歴史があります。明治21年(1888年)に鉾蔭神社・安邦神社の祭神が合祀されて六柱相殿神社となり、さらに合祀を重ねて十四柱相殿神社と改称されました。

大阪市西区南堀江に残る旅所の縁

難波神社の縁地は境内にとどまりません。大阪市西区南堀江には旅所が設けられています。この地はもともと高津神社の御供田でしたが、元禄12年(1699年)に難波神社のものとなりました。さらに明治40年(1907年)には、彦狭知命を祀る堀江神社が合祀されて現在に至っています。近世から近代にかけての大阪の土地変遷が、この旅所の来歴にも刻まれています。

参拝の場を超えた現代の役割

難波神社は、信仰の場としてだけでなく、現代のライフイベントにも寄り添う社として機能しています。結婚式プランの提供や会議室のレンタルサービスも行っており、参拝者のみならず地域のさまざまな場面に関わっています。なお、境内での商用目的の撮影は神社の許可が必要とされていますので、訪問の際はご留意ください。

アクセス

大阪市中央区博労町4-1-3

営業時間

24時間営業

料金目安

無料

外部予約・検索サイトで探す

下記の外部サイトで本店舗・施設の予約・在庫状況をご確認いただけます。

※ 外部サイトへのリンクには広告 (アフィリエイト) を含みます。

シェアする

RELATED SPOTS

関連するスポット(8件)

この情報の関係者の方へ

公式サイト等の情報を元に紹介しています。内容に誤りがあれば、オーナー申請から無料で修正・削除いただけます。

オーナー申請

NEARBY

周辺のスポット(8件)