太平洋の荒波が断崖を打ちつける五浦海岸。ここ茨城県北茨城市は、明治の美術界に革命をもたらした岡倉天心が晩年の創作と思索の場に選んだ地であり、朱塗りの六角堂と絶壁の海景が織りなす情景は、訪れる者の心に深く刻まれます。
岡倉天心と五浦──日本美術再興の舞台
岡倉天心(本名・覚三、1863〜1913年)は、明治政府のお雇い外国人フェノロサとともに日本美術の価値を世界に問い直した思想家であり、美術行政家でした。東京美術学校(現・東京藝術大学)の初代校長を務め、1898年には日本美術院を創設。しかし、やがて東京の喧騒を離れ、より深い芸術探究の場を求めて選んだのが、五浦の地でした。
1906年、天心は日本美術院を五浦に移転し、横山大観、下村観山、菱田春草、木村武山ら錚々たる画家たちと起居をともにしました。西洋美術の波に翻弄されていた日本画界において、五浦はまさに「日本美術の聖地」とも呼ぶべき場所となり、ここから生み出された数々の傑作が後の近代日本画の礎を築きました。天心自身も「東洋の理想」「茶の本」などの著作をこの地で思索し、執筆しています。
断崖に佇む六角堂──天心の思索の場
五浦海岸の見どころの核心が、断崖絶壁の岩の上に建つ朱塗りの六角堂(観瀾亭)です。1905年に天心自らが設計に携わったとされるこの小さな亭は、六角形のユニークな平面形を持ち、太平洋に突き出した岩頭に竿頭のように立ちます。「観瀾亭」とは「波濤を観る亭」の意。天心はここで独り太平洋を眺めながら、東洋哲学と芸術の本質について深く思いを巡らせたといいます。
2011年の東日本大震災では、津波によって六角堂は流失するという悲劇に見舞われました。しかし、地元の強い再建への想いと全国からの支援を受け、翌2012年4月に同じ場所へ忠実に復原されました。再建された六角堂は往時の姿をよく留めており、今なお訪れる人々に天心の魂を伝え続けています。眼下に砕け散る白波と、水平線まで広がる太平洋の青──その対比は言葉を失うほどの迫力があります。
五浦の自然──荒々しくも美しい海岸景観
五浦海岸は、リアス式に切り込んだ入り江と断崖が連続する変化に富んだ地形が特徴です。黒松や緑の木々が崖の上を覆い、その先に紺碧の海が広がる風景は、どこか水墨画の世界を思わせます。天心や大観たちがこの地に魅了されたのも、この「絵になる」自然があったればこそでしょう。
海岸沿いの遊歩道を歩けば、六角堂を異なる角度から眺めることができ、刻々と変わる光と波の演出が写真愛好家にも人気です。また、五浦の海は磯釣りのスポットとしても知られ、クロダイやメバルを狙う釣り人の姿も見られます。
季節ごとの楽しみ方
春(3〜5月)は、穏やかな日差しの中、遊歩道を散策するのに最適な季節。新緑と海の青のコントラストが美しく、六角堂の朱色がより鮮やかに映えます。ゴールデンウィークには観光客も多く訪れますが、早朝に行けば静寂の中で天心が見たであろう景色を独り占めできます。
夏(6〜8月)は太平洋からの海風が心地よく、周辺の海水浴場も賑わいます。日の出スポットとしても有名で、水平線から昇る朝日と六角堂が重なる朝の光景は格別です。
秋(9〜11月)は空気が澄み渡り、遠くまで見晴らしが利く季節。海の色が深まり、六角堂の赤と秋の青空の取り合わせが美しいシーズンです。
冬(12〜2月)は北茨城の名物「あんこう鍋」とセットで訪れるのが地元流。海が荒れて波しぶきが高く上がる冬の五浦は、荒々しい自然美が際立つ季節でもあります。冷え込んだ空気の中、あんこうの濃厚な旨みと熱燗で体を温めれば、旅の満足度はぐっと高まります。
周辺の見どころとアクセス
六角堂と並んで必ず訪れたいのが「天心記念五浦美術館」です。茨城県立の美術館として1997年に開館し、岡倉天心と五浦ゆかりの画家たちの作品を中心に収蔵・展示しています。横山大観や菱田春草の日本画作品を通じて、五浦という土地が日本美術史に残した足跡を深く知ることができます。館内から見下ろす五浦の海景もまた見事です。
また、五浦海岸から車で15分ほどの距離にある「大津漁港」は、新鮮な海産物を扱う直売所や食堂が立ち並ぶエリア。とりわけ冬から春にかけては、茨城名産のあんこうを使った料理を提供する店が多く、旅のもう一つの楽しみとなっています。
アクセスは、JR常磐線「大津港駅」が最寄り駅で、駅からは徒歩約20分またはタクシーで5分ほど。東京・上野からはいわき行きの特急「ひたち」を利用し、途中乗り換えで向かうか、水戸からJR常磐線を利用するのが一般的です。車の場合は常磐自動車道「北茨城IC」から約10分とアクセスしやすく、無料駐車場も整備されています。東京圏から日帰りでも十分に楽しめる距離にあり、歴史と絶景を一度に堪能できる五浦への旅は、四季を問わずおすすめです。
アクセス
JR常磐線大津港駅からタクシーで5分
営業時間
8:30〜17:00
料金目安
300円