神戸・元町に足を踏み入れると、異国情緒漂う街並みの裏側に、もうひとつの神戸が静かに息づいていることに気づく。JRの高架下に連なる古書店街は、港町の記憶と知性が交差する、稀有な文化空間だ。
モトコーとは何か――高架下に生まれた書物の回廊
神戸市中央区、JR元町駅から三ノ宮駅にかけての高架下エリアは、地元の人々から「モトコー(元町高架下)」と親しまれてきた。東西に延びる細長い空間には、古書店をはじめ、衣料品店や雑貨店、飲食店などが軒を連ね、かつては数百店舗が立ち並ぶ一大商店街として賑わいを見せていた。
この高架下が形成されたのは昭和初期にさかのぼる。鉄道の高架工事とともに生まれた空間を商業利用したのが始まりで、戦後の混乱期を経て多様な業種が集積していった。なかでも古書店は早い段階からこのエリアに根づき、神戸という港町ならではの「本の顔」を形成してきた。港から流入した洋書、外国人居留地の文化的背景、そして神戸の知識層が育んだ読書文化が土台となり、他の都市にはない特色ある古書街が生まれたのだ。
港町・神戸が育てた古書文化
神戸が古書の街として独自の魅力を持つ背景には、この街の歴史的な開港と深く関わっている。1868年の開港以来、神戸は外国との交流窓口として機能し、多くの外国人が居住する国際都市へと発展した。その過程で、英語・フランス語・ドイツ語などの外国語書籍が自然に流通するようになり、神戸独自の「洋書文化」が根づいていった。
元町の古書店には、こうした歴史の堆積が今も色濃く残っている。戦前に神戸港に荷揚げされた洋書、旧居留地の外国商社が残した貿易資料、神戸の街の変遷を記録した地誌や写真集――こうした資料は、神戸ならではの蔵書として古書店の棚を彩っている。単なる「古い本」ではなく、港町の記憶を封じ込めた一次資料として、研究者やコレクターから高い評価を受けている。
また、神戸の文化的土壌は美術や音楽にも及んでおり、現代アートや写真の画集、デザイン関連書籍を専門とする古書店もこのエリアに存在する。ファッション感度の高い神戸らしく、ビジュアルアートの古書を扱う店では、国内外の絶版カタログや希少なアーティストブックが静かに並んでいる。
各店の個性と掘り出し物との出会い
元町高架下の古書店めぐりの醍醐味は、それぞれの店が明確な「専門性」と「個性」を持っている点にある。ある店は明治・大正期の文学書や郷土資料を中心に扱い、別の店は戦前の絵本や児童書を専門とする。絶版漫画や昭和のサブカルチャー誌を豊富に揃える店があれば、西洋美術や建築の専門書に特化した店もある。
店ごとに異なる世界観が展開されており、「目当ての一冊を探す旅」というよりも、「思いがけない出会いを楽しむ散策」に近い体験ができる。棚を眺めていると、探してもいなかった本が突然目に留まり、気づけば長時間立ち読みしてしまった――そんな経験を多くの来訪者が語る。
値段も比較的リーズナブルな店が多く、初心者でも気軽に入りやすい雰囲気が魅力だ。一方で、稀覯本や初版本を扱う店では、書物への深い知識と愛情を持った店主との会話が一つの楽しみとなる。「この本の来歴を教えてほしい」と尋ねれば、店主が丁寧に解説してくれることも少なくない。
カフェ書店という神戸スタイル
近年、元町エリアの古書店文化に新たな潮流が生まれている。カフェを併設した書店、もしくは書籍を販売するカフェという形態の店が増え、「本を読みながらゆっくり過ごす場所」としての側面が強まってきているのだ。
珈琲の香りが漂う空間で、気になった本を手に取り、購入を決める前にページをめくる時間――これはなかなか贅沢な体験だ。神戸は古くからコーヒー文化が根づいている街でもあり、珈琲と本の組み合わせはこの街の感性にとても合っている。
ランチやモーニングを楽しみながら本棚を眺める、午後のひとときを読書に費やす――高架下の古書店めぐりは、ただ本を探すだけでなく、神戸のスローな時間を体験する旅でもある。週末の午前中から昼過ぎにかけてが、多くの店が開いており、人も程よく少ないのでおすすめの時間帯だ。
アクセスと散策のヒント
元町の古書店街へのアクセスは非常に便利だ。JR東海道本線・神戸線の元町駅、または阪神電車の元町駅が最寄り駅となる。大阪・梅田からはJR新快速で約20分、阪神本線の特急でも30分ほどと、関西圏からの日帰り観光にも適している。
散策の起点としては、元町駅東口を出てすぐの高架下エリアがわかりやすい。そこから三ノ宮方面に向かいながら気になる店に立ち寄っていくスタイルが定番だ。全体を歩いても数百メートルの距離なので、体力的な負担なく気軽にめぐれる。
周辺には南京町(横浜・長崎と並ぶ日本三大中華街のひとつ)、旧居留地の洗練されたカフェやブティック、大丸神戸店などの商業施設も充実している。古書店めぐりの前後に立ち寄れるスポットが豊富なので、半日から1日かけてじっくりと神戸散歩を楽しめる。
なお、再開発の影響でモトコーエリアは近年変化が続いており、一部区間では改装や移転が発生している。訪問前に最新情報を確認しておくと安心だ。
アクセス
JR「元町」駅から徒歩すぐ
営業時間
各店11:00〜19:00頃(店による)
料金目安
100〜数万円