兵庫県北部、山陰海岸の入り江に静かに広がる城崎温泉。柳並木が揺れる温泉街を浴衣姿で歩き、7つの外湯を巡る体験は、日本の温泉文化の精髄ともいえる時間だ。訪れた人の誰もが、その情緒豊かな風景と湯の温もりに心をほどかれていく。
1300年の歴史が刻まれた温泉地
城崎温泉の歴史は、奈良時代にさかのぼる。8世紀初頭、道智上人が難病の人々を救うために千日間祈願を続けたところ、湯が湧き出たという伝説が温泉の起源とされている。以来1300年以上にわたり、多くの旅人を癒し続けてきた。
特に文学との縁が深い土地としても知られる。大正時代の作家・志賀直哉は、交通事故による療養のために城崎を訪れ、この地での体験をもとに短編小説『城の崎にて』を執筆した。この作品は今も国語の教科書に掲載されるほどの名作であり、城崎温泉は文学ファンにとっても特別な巡礼地となっている。明治・大正・昭和と時代を経ても変わらぬ温泉街の佇まいが、訪れる人々の心に深く刻まれてきた所以である。
7つの外湯、それぞれの御利益と個性
城崎温泉最大の特徴は、「外湯めぐり」と呼ばれる文化だ。温泉街には7つの公衆浴場(外湯)が点在しており、それぞれに異なる歴史と御利益がある。
最も格式が高いとされる**一の湯**は、江戸時代の温泉番付で「天下一」に選ばれた名湯。洞窟風呂が特徴で、縁結びや交通安全のご利益があるとされる。**鴻の湯**は温泉街の南端に位置し、開運招福・夫婦円満のご利益で知られる。コウノトリにまつわる伝説が残る最古の外湯だ。
**まんだら湯**は商売繁盛・五穀豊穣、**御所の湯**は火除け・良縁成就のご利益があるとされ、桃山時代の御殿建築を模した外観が印象的だ。**柳湯**は子授け・安産のご利益、**地蔵湯**は家内安全・水子供養で地元の人々に古くから親しまれている。そして近代的な設備を誇る**さとの湯**は、露天風呂やサウナも完備した現代的な外湯として人気が高い。
外湯めぐり券を購入すれば、これら7湯すべてに入浴可能。各宿に宿泊すると無料の外湯めぐり券が含まれることが多く、宿で浴衣に着替えてそのまま湯巡りに出かけられる。
浴衣と下駄で歩く温泉情緒
城崎温泉の外湯めぐりをより特別なものにしているのが、浴衣と下駄という装いだ。多くの宿では宿泊客に浴衣と下駄を貸し出しており、そのまま温泉街を歩くことが慣わしとなっている。カランコロンと下駄の音を響かせながら柳並木の石畳を歩く姿は、まさに城崎温泉の象徴的な風景だ。
外湯と外湯の間には、個性豊かな土産物店や飲食店、射的場、温泉卵の店などが軒を連ねる。温泉卵は湯の花が漂う温泉の蒸気で茹でた素朴な味わいで、散策のおともに最適。射的場では昭和の雰囲気そのままに、老若男女が賑やかに楽しんでいる様子が見られる。
大谿川(おおたにがわ)に沿って続く柳並木の遊歩道は、夜になるとぼんやりとした灯篭の灯りに照らされ、幻想的な雰囲気を醸し出す。昼間とはまた異なる夜の温泉街を浴衣姿でそぞろ歩く時間は、日常の喧騒を忘れさせてくれる贅沢なひとときだ。
四季それぞれの楽しみ方
城崎温泉は一年を通じて訪れる価値があるが、季節ごとに全く異なる表情を見せる。
**春**は桜の季節。大谿川沿いに咲き誇る桜と柳の新緑が組み合わさる風景は、温泉街の情緒に華やかさを添える。4月上旬に見頃を迎え、花見の宴を楽しみながら外湯めぐりをするのも格別だ。
**夏**は夕涼みがてらの外湯めぐりが人気。8月には城崎温泉夏まつりが開催され、花火大会や盆踊りで温泉街全体が活気に包まれる。浴衣姿で縁日の屋台をめぐり、夜空に上がる花火を眺める夏の夜は忘れられない思い出となるだろう。
**秋**から**冬**にかけては、兵庫県のブランドガニである松葉ガニ(ズワイガニ)のシーズンが到来し、城崎温泉は最も賑わいを見せる時期となる。11月上旬の解禁日から3月末まで、カニ料理を目当てに全国からの旅行者が集まる。雪がちらつく冬の温泉街を浴衣で歩き、湯に浸かる体験は格別の風情がある。
アクセスと周辺情報
城崎温泉へのアクセスは、JR山陰本線「城崎温泉駅」が最寄り駅。大阪駅からは特急こうのとりで約2時間20分、京都駅からも約2時間40分で到着する。東京方面からは新幹線で新大阪まで向かい、そこから特急に乗り継ぐのが一般的だ。
周辺には見どころも豊富だ。車で約30分の**竹野浜**は山陰屈指の透明度を誇るビーチで、夏は海水浴客で賑わう。また城崎温泉は**山陰海岸ジオパーク**のエリア内にあり、玄武洞など独特の地質景観も楽しめる。日本海の荒波が刻んだ断崖や奇岩の景観は、温泉とは異なる自然の迫力を見せてくれる。
外湯めぐり券は各外湯の受付や宿泊施設で購入でき、1日券(7湯入り放題)と各湯ごとの個別券がある。温泉の泉質は食塩泉で、疲労回復・神経痛・冷え性などに効果があるとされ、湯上がりのポカポカ感が長続きするのも特徴だ。浴衣と下駄を準備して、古き良き日本の温泉情緒を全身で感じる旅へ出かけてみよう。
アクセス
JR「城崎温泉」駅から徒歩すぐ
営業時間
各湯7:00〜23:00(湯により異なる・各湯に定休日あり)
料金目安
外湯めぐり券1,500円