日本海に浮かぶ小さな離島・天売島は、夕暮れ時になると世界でも類を見ない壮大な自然の劇場へと姿を変える。80万羽ものウトウが海から一斉に帰ってくる光景は、一度見たら忘れられない圧倒的な体験だ。野鳥愛好家だけでなく、自然が好きなすべての旅人にとって、ここは必ず訪れたい場所といえるだろう。
ウトウとは――世界最大のコロニーを抱く離島の顔
ウトウ(学名:Cerorhinca monocerata)は、ウミスズメ科に属する海鳥で、オレンジがかった太いくちばしと、繁殖期に伸びる白いひげ状の羽毛が特徴的だ。体長は40センチほどで、ちょうどハトよりひと回り大きい印象がある。昼間は沖合の海上で魚を追い、夕暮れとともに島の斜面に掘った巣穴へと戻ってくる、典型的な夜行性の海鳥である。
天売島は、北海道の北西部・羽幌町の沖合約27キロに位置し、周囲12キロほどの小さな島だ。この島にウトウが繁殖のコロニーを形成していることが広く知られるようになったのは20世紀に入ってからだが、現在では推定70万〜80万羽が毎年春から夏にかけてここで繁殖するとされ、世界最大規模のウトウの繁殖地として国際的にも注目されている。島全体が「天売島海鳥繁殖地」として国の天然記念物に指定されており、その生態系の豊かさは折り紙つきだ。
夕暮れの奇跡――80万羽が空を埋め尽くす瞬間
ウトウ帰巣観察のベストシーズンは6月から7月にかけて。この時期、ウトウの親鳥は昼間に沖合でイカナゴやイワシなどの小魚を捕り、子育てのために夕暮れとともに島に戻ってくる。
日が西の水平線に近づき始める18時ごろから、沖合の海面が黒ずんで見え始める。無数のウトウが海面に集まり、帰巣の機会をうかがっているのだ。そして暗さが増すにつれ、まるで潮が満ちるように鳥たちが空へ舞い上がり、島に向かって飛んでくる。ピークタイムになると空が文字通り黒く埋め尽くされ、低空を飛ぶウトウが次々と斜面の巣穴へ突っ込んでいく。その羽音と鳴き声が重なり合い、夜の空気を震わせる様子は、言葉で表現するのが難しいほどの迫力だ。
観察ポイントとなる西海岸の崖沿いの遊歩道では、数十センチまで近づいてくる個体も珍しくない。島内のガイドツアーに参加すると、巣穴の位置や鳥の行動についての解説を聞きながら安全に観察できる。子育て中の雛が巣穴の入り口から顔を出す姿も見られ、野鳥観察の醍醐味を存分に味わえる。
天売島の自然――ウトウ以外の海鳥たちとの出会い
天売島の海鳥は、ウトウだけではない。絶滅危惧種のオロロン鳥(ウミガラス)の国内最後の繁殖地でもあり、近年は繁殖ペアの数が少ないながらも個体の確認が続いている。また、ケイマフリ(カンムリウミスズメの一種)やウミウ、ヒメウ、ウミネコ、オオセグロカモメなど多彩な海鳥が島内各所で観察できる。
島の周囲の海は透明度が高く、昆布やウニ、タコが豊富に育つ豊かな漁場でもある。岸壁からは釣りを楽しむ旅行者の姿も見られ、釣り好きにとっても魅力的な離島だ。島の南東部には赤岩展望台があり、日本海の絶景を見渡すことができる。晴れた日には対岸の留萌方面の山並みまで見えることもある。
季節と訪問タイミング――いつ行くべきか
ウトウ帰巣の観察に最適な時期は**6月上旬から7月中旬**にかけてだ。この期間は日照時間が長く、夕暮れが遅いため帰巣シーンをしっかり観察できる。7月後半になると雛が成長し巣立ちが始まるため、帰巣の規模が少しずつ縮小していく傾向がある。
天気の影響も無視できない。曇りや小雨程度であれば観察は可能だが、強風や荒天の日はフェリーが欠航することもある。離島旅行の宿命として、訪問の際には天候と運航状況を事前にしっかり確認しておきたい。なお夜間の観察地は虫が多いため、防虫対策と防寒具の用意は必須だ。6月でも夜の気温は10度を下回ることがある。
アクセスと島の過ごし方――民宿と海鮮料理の離島体験
天売島へは、JR留萌本線の終点・留萌駅または羽幌バスターミナルからアクセスする。羽幌からはハートランドフェリーが運航しており、天売島までの所要時間は約1時間40分。隣の焼尻島を経由する便もあり、両島をセットで巡る旅程も人気だ。
島内の交通は徒歩または自転車が基本。レンタサイクルを利用すれば、コンパクトな島の主要スポットを半日程度で回ることができる。宿泊施設は民宿が中心で、数は多くないが家庭的な温かさが魅力だ。夕食には地元で水揚げされたウニ、ホッケ、タコなどの新鮮な海鮮料理が並び、これだけでも訪れる価値があると感じさせてくれる。
人口約300人の静かな漁村での時間は、都市の旅行では味わえないゆったりとした島時間だ。夜明け前に港を歩けば、漁に出る船の灯りが揺れる情景に出会える。ウトウの帰巣を観察した夜の感動と、翌朝の凪いだ海の静けさが対比をなし、天売島の旅は訪れる人の記憶に深く刻まれる。
アクセス
羽幌港からフェリーで約1時間30分(1日2便)
営業時間
ウトウ帰巣観察19:00〜20:30頃
料金目安
宿泊込み12,000〜18,000円