北海道の日本海に浮かぶ小さな島、天売島。人口わずか数百人のこの離島に、毎年夏になると100万羽を超える海鳥たちが押し寄せる。世界的に見ても類まれなほど多種多様な海鳥が集う繁殖地として知られ、自然の雄大さと命のたくましさを全身で感じられる聖地だ。
天売島とは――日本海に浮かぶ海鳥の楽園
羽幌町沖合約27kmに位置する天売島は、周囲約12km、面積約5.5平方kmという小さな島だ。島全体が天売焼尻道立自然公園に含まれ、豊かな自然環境が保護されている。
島の名はアイヌ語に由来するとされており、江戸時代にはニシン漁で栄えた歴史を持つ。往時には多くの漁師たちが荒波を越えて渡ったが、ニシンの不漁とともに人口は激減し、現在は漁業と観光を主な生業とする静かな島となっている。それでも夏の観光シーズンになると、海鳥観察や自然体験を目的とする旅人が全国各地から訪れ、島は独特の賑わいを取り戻す。
島で繁殖する海鳥は主に6種。ウトウ、ケイマフリ、ウミガラス(オロロン鳥)、ウミネコ、オオセグロカモメ、クロアシアホウドリなどが確認されている。なかでもウトウは約70万羽が繁殖し、世界最大規模のコロニーを形成していることで知られる。また絶滅危惧種であるウミガラス(地元では「オロロン鳥」と呼ばれる)もこの島を主要な繁殖地としており、保護活動による個体数の回復が近年の大きな話題となっている。
断崖に刻まれた生命の営み
島の西海岸には「赤岩」と呼ばれる高さ100mを超える断崖絶壁が連なっている。波に削られた赤みを帯びた岩肌が日本海の荒波と対峙するこの場所は、まさに圧倒的な景観だ。断崖には無数の岩の窪みや亀裂があり、海鳥たちはその隙間に巣を構える。崖の上から見渡すと、眼下では白波が岩に砕け、空中では海鳥たちが強風に乗って自在に旋回する様子が広がり、言葉を失うほどのスケール感がある。
断崖沿いには遊歩道が整備されており、鳥たちの様子を間近に観察しながら歩くことができる。岩の上で羽を休めるケイマフリの鮮やかな赤い脚、風を切って急降下するウミネコの姿など、野生の海鳥たちが人間の目の届く距離で生活している様子は、自然公園や動物園では絶対に味わえない体験だ。双眼鏡があればより鮮明に観察できるが、肉眼でも十分に楽しめるほど鳥たちとの距離は近い。
夕暮れの奇跡――ウトウの帰巣
天売島を訪れた旅人が一様に語る最大の感動体験が、夏の夕暮れに繰り広げられるウトウの帰巣シーンだ。日没を過ぎた薄闇の中、海で餌を捕ってきたウトウたちが、地上の巣穴で待つヒナに餌を届けるため一斉に舞い降りてくる。その数は数十万羽に及び、空を埋め尽くすかのように飛来する光景は「ウトウの百万羽帰巣」とも形容される。
ウトウたちは不思議なことに、海から直接巣穴へ向かわず、島の南方向から大きく回り込むように飛来する習性がある。そのため観察に最適な場所は島の南西部に位置する赤岩展望台周辺とされており、地元のガイドが解説を交えながら最良の鑑賞ポイントまで案内してくれるガイドツアーも催行されている。日が暮れるにつれて徐々に増えていくウトウの群れ、翼が空気を切る羽音、巣穴へ着地する衝撃音――五感に響くこの体験は、映像や写真では到底再現できない迫力がある。
季節ごとの楽しみ方
天売島を訪れるベストシーズンは5月から8月にかけてだ。5月は渡り鳥たちが島に戻ってきて繁殖活動を始める季節で、ウミガラスの漆黒と白のコントラストが美しい羽毛を観察できる貴重な時期でもある。6月〜7月はヒナが育つ最盛期で、多種多様な海鳥の姿をもっとも多く見られる。8月になるとヒナが巣立ちを迎え、シーズンの終わりを感じさせる。
観光だけでなく、食の楽しみも天売島の大きな魅力だ。島の周辺海域はウニの好漁場として知られており、ミョウバン不使用の新鮮なムラサキウニは絶品。夏の解禁期に合わせて訪れれば、漁師が水揚げしたばかりのウニやアワビ、タコなど豊富な海の幸を民宿の食卓で味わえる。離島ならではの濃厚な磯の香りとともに楽しむ旬の海鮮は、旅の記憶をより豊かにしてくれる。
なお冬季(11月〜4月頃)はフェリーが運休となり、島へのアクセスが極めて困難になる。訪問を計画する際は必ず運航スケジュールを事前に確認しておきたい。
アクセスと旅の準備
天売島へのアクセスは、羽幌港から出発するハートランドフェリーを利用する。羽幌港から焼尻島を経由して天売島まで約1時間40分。季節によっては高速船も運航しており、より短時間での到着が可能な場合もある(要事前確認)。
羽幌港へは、留萌からの沿岸バスや旭川からの直通バスを利用するのが一般的で、札幌から車でアクセスする場合は留萌経由で約3〜4時間が目安となる。島内には民宿や旅館が数軒あり、1泊2日の行程で夕暮れのウトウ帰巣と翌朝の断崖散策をセットで楽しむプランが人気だ。島内の移動にはレンタサイクルが便利で、ゆっくり走っても1〜2時間で島をほぼ一周できる。
天売島に隣接する焼尻島は、同じフェリールートで立ち寄ることができ、牧歌的な風景と原生林が魅力の姉妹島として知られている。両島を合わせて訪れる旅行者も多く、羽幌本土側の観光施設や温泉と組み合わせながら余裕のある旅程を組むことをすすめたい。自然と向き合うこの離島の旅は、慌ただしい日常を忘れさせてくれる特別な時間をきっと届けてくれるはずだ。
アクセス
羽幌港からフェリーで約1時間30分
営業時間
ガイドツアー要予約
料金目安
フェリー往復3,000円+ガイド料