襟裳岬の強風が吹き抜ける果てしない草原に、馬たちは今日も自由に生きている。北海道の最南端近く、えりも町に広がる丘陵地帯では、半野生状態で放牧された馬の群れが四季折々の風景の中に溶け込み、訪れる人々に忘れがたい感動を与えてくれる。ここは、日本にいながら海外の大草原を思わせる、唯一無二の野生美の舞台だ。
えりもの大地と馬たちの暮らし
えりも町は北海道日高振興局に属し、太平洋に突き出した襟裳岬を擁する風光明媚な町だ。この地域は日高山脈の余脈が海に没する地形で、海岸線に向かって緩やかに傾斜する広大な草原が広がっている。年間を通じて強い海風が吹き付けることで知られ、「風の岬」として全国にその名を知られる。
この草原地帯で放牧されているのは、いわゆる「半野生馬」と呼ばれる馬たちだ。牧場の管理下にありながら、広大な草原を自由に移動し、野生に近い環境の中で生活している。夏場は草原の草を自由に食み、冬の厳しい季節も北海道の寒風に耐えながら逞しく暮らす。そのたくましい姿は、えりもの自然そのものを体現しているかのようだ。
草原には整備された道や柵がなく、馬たちは広い範囲を自由に移動する。そのため、訪れるたびに出会える場所が異なり、草丘の向こうに突然現れた馬の群れと目が合う瞬間は、何度体験しても胸が高鳴る。
春──命の息吹と仔馬との出会い
馬たちを見るのに最もおすすめの季節は、春から初夏にかけてだ。5月から6月頃は出産のシーズンにあたり、生まれたばかりの仔馬が草原を駆け回る姿を目にすることができる。
産まれてまもない仔馬は、まだ細い足元でよたよたと草原を歩き、母馬のそばを離れない。母馬は仔馬をかばうように寄り添い、時に草を食みながら子育てに励む。その親子の姿は、厳しい自然の中にある温かな命の営みを伝えてくれ、見る者の心をやわらかく包む。
えりもの春は遅く、本州ではゴールデンウィークを過ぎた頃にようやく草原が緑に染まり始める。新緑の野に立つ馬の群れ、そして丘の向こうに広がる太平洋の青――この組み合わせは、北海道の中でも特別な風景として旅行者の記憶に刻まれる。
夏──緑の草原を駆ける自由な姿
夏本番を迎えると、草原は一面の濃い緑に覆われる。馬たちは豊かな草を求めて丘から丘へと移動し、そのシルエットが緑の大地に映える。
えりもの夏は涼しく、道内各地が真夏日になる時期でも、海風が吹き抜けるこの地は過ごしやすい。草原に腰を下ろし、馬たちが草を食む音だけを聞きながらぼんやりと過ごす時間は、日常の喧騒を忘れさせてくれる。
馬の群れが移動するとき、蹄が草を踏む音と風のざわめきだけが響く。カメラを手にした写真愛好家たちが早朝の光の中で撮影に訪れるのも、この季節の風物詩だ。朝もやの中、馬たちが丘の稜線をゆっくり歩くシルエットは、絵画のような美しさを持つ。
秋と冬──厳しさの中の野生美
秋になると草原は黄金色に変わり、馬たちの茶色や黒い毛並みとのコントラストが際立つ。この季節は空気が澄んで視界も遠く、馬と草原と空の広がりを全身で感じられる。
やがて冬が訪れると、えりもには荒々しい顔が現れる。日本一の強風地帯として知られるこの地は、冬になると平均風速20メートルを超える日も珍しくなく、猛烈な潮風が草原を吹き渡る。
そんな中でも馬たちは草原に立ち続ける。雪が舞い、風が吹き荒れる中で毛並みを逆立てながらも動じることなく佇む馬の姿は、えりもの自然の厳しさと生命の強さを同時に伝えてくれる。冬の訪問は装備が必要だが、その分だけ見る者の心に深く刻まれる光景に出会えるだろう。
訪問の際のマナーと過ごし方
馬たちは半野生の動物であり、人間に慣れてはいるものの、野生の本能も残している。近づきすぎると驚いて走り出すことがあるため、適切な距離を保って観察することが大切だ。特に仔馬のそばにいる母馬は神経質になっていることがあり、不用意に近づくのは危険を伴う。
双眼鏡を持参すると、離れた位置からでも馬の表情や動きを楽しめる。また、草原は平坦に見えても実際には起伏があり、足元が草で見えにくい場所もあるため、歩きやすいシューズを用意するのが望ましい。
写真撮影は自由だが、馬を追いかけたり車の中からクラクションを鳴らして近づけようとする行為は厳禁だ。馬たちの自然な姿を遠くから静かに観察するという、訪問者のマナーがこの場所の豊かな環境を守っている。
アクセスと周辺の見どころ
えりも町へのアクセスは、車での移動が最も便利だ。JR日高本線の終点・様似駅からはバスが出ているが、本数が少ないため、レンタカーの利用を強く推奨する。札幌からは日高自動車道と国道235号・236号を経由して約3〜4時間。帯広方面からは国道236号で約2時間程度だ。
周辺には、訪れるべき見どころが多い。岬の先端にある「えりも岬」は、太平洋を360度見渡せる絶景スポットで、運が良ければゼニガタアザラシの群れも観察できる。岬の岩礁には日本最大のゼニガタアザラシの生息地があり、望遠鏡を備えた観察施設も設けられている。
また、道の駅「えりも」では地元の新鮮な昆布や海産物が手に入り、えりも昆布を使った食事も楽しめる。日高昆布の主産地として知られるこの地域の食文化に触れることも、旅の大切な一部だ。宿泊施設は町内にいくつかあり、新鮮な魚介を使った夕食とともに、えりもの夜を満喫できる。馬との出会いを求めて訪れるなら、一泊してじっくりと大自然に向き合う時間をとることをおすすめしたい。
アクセス
帯広から車で約2時間30分
営業時間
散策自由
料金目安
無料